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2006.03.24

アラブ系政党、消滅の危機

Posted by:早尾貴紀

 イスラエルの総選挙が来週に迫りました。日本の新聞では、シャロンの残した新党カディマがどこまで議席を伸ばすか、あるいは労働党とリクードがどこまで食い下がるか、といったところしか報道をしていないようです。しかし、実のところこの三党はどこが勝っても、イスラエルの占領政策に違いはほとんど生じません。一部に、リクードのなかの極右と縁を切り中道路線に行った カディマ に期待を寄せる声や、あるいは党首がミズラヒ(モロッコ)系ユダヤ人の ペレツ に変わった労働党に期待をする意見なども見られますが、まったく的外れであると言わざるをえません。
 それはさておき。
 ここでは、今度の選挙に関して、日本の報道では出てこない、二つほどの危険な徴候について記しておきます。今回は「その1」です。

 一つには、アラブ系政党が消滅する可能性があるということです。前回2003年に行なわれた選挙で、アラブ系政党は合計8議席を獲得しました。アズミ・ビシャーラ率いる「バラッド」、共産党系の「ハダッシュ」、イスラーム系の「ラアム」が、それぞれ2〜3議席をもっています。イスラエルの国会(クネセト)選挙は、すべて比例代表制であるため、小党乱立を一定防ぐ観点から、最低1.5パーセントの得票で2議席から配分されることになっていました。つまり、各党の2〜3議席というのは、かなりギリギリの数字だったということになります。1.5パーセントに達しなければ、議席は1ではなくゼロになるのです。
 問題は、今度の選挙からその敷居が上げられ、最低2パーセントで3議席から与えられることになったことです。上記三つの政党とも支持に伸び悩んでおり、2パーセントに達しない可能性が十分にあります。そうすると、最悪、三党ともに議席を失い、いわゆるアラブ系政党がクネセトから消え去ることになりかねません。

 クネセトの定員は120で、イスラエルの総人口の2割がアラブ・パレスチナ人であることを考えると、単純比で24議席をアラブ・パレスチナ人が占めていいはず。もちろん労働党などのなかにもアラブ系議員は2〜3人はいますので、上記の三党に限らなくてもいい。しかし、それにしても8人というのはあまりに少ない。
 その原因は有権者と政党の両方にあって、まずはアラブ系の有権者の投票率がユダヤ人と比べて低いこと。これは、イスラエルの民主主義を信じていないという積極的ボイコットに動機づけられている部分と、投票したところでシオニズム体制のもとでは何も変わらないという無力感による部分があります。
 また、アラブ系政党の側の問題は、現実変革のためのプランや実行力をもっていないことです。単純に「アラブ人はアラブ政党に投票すべし」と言うばかりで、有権者を惹きつけることができないでいます。アラブ系三党は、世俗的なバラッドとハダッシュ、宗教的なラアムに分類できますが、例えば今度ハダッシュにいたアフマド・ティービーがラアムに移るように、その線引きもはっきりとしているわけではありません。三党とも、「アラブ・パレスチナ人の権利向上」以外の争点をもっておらず、政策の差異化も図れずにいる一方で、「2パーセントの敷居」に対する危機感から候補者名簿の統合が協議されましたが、党の利害を優先したためか結局は決裂しました。
 とくに共産党系ハダッシュは党内抗争の末、かつての「アラブ・ユダヤ共存」と「労働者の権利」という二つの独自政策を薄めてしまい、アズミ・ビシャーラと似たり寄ったりで、アラブ・ナショナリズムに訴えることによって票固めをするという方針を強めつつあります(ユダヤ人=シオニストと単純化して煽るビシャーラに対して、非シオニスト・ユダヤ人との共闘路線にあったハダッシュは距離を置いていたのが、もはやその距離がなくなった)。しかし、そうかと言って、ビシャーラのバラッドとの統合もイヤ。党の存在意義を見失いつつあります。

 こうした状況のなかで、アラブ・パレスチナ人の有権者らの中には投票する意欲を失っている人も少なくありません。バラッドやハダッシュが批判勢力としても機能してこなかったということにも一因があるのですが、しかし、「代表制」としての議会から、国民である(市民権をもつ)アラブ・パレスチナ人の政党がなくなるのがいいことだとは思えません。
 来週の投票で、果たして各政党が「議席3」を確保できるのか、注視したいと思います。

(附記:選挙の結果、アラブ系3政党とも、かろうじて3議席を確保したようです。3議席の壁をクリアできたのには、史上最低の投票率が影響したのかもしれません。概して投票率が低いと、支持基盤の広い大政党が伸びず、狭い特定利益を代表する小政党に有利になると言われています。極右政党や宗教政党や「年金党」が議席を伸ばしたのも同じ理由によると考えられます。)

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