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2006.05.22

いまガザで起きていること――5000発の爆弾投下と政治的殺人

Posted by:早尾貴紀

 先日イスラエル軍が公式発表したところでは、4月と5月上旬とで、ガザ地区に対して投下した爆弾の数が、合計5000発を優に越えているという。毎週1000発、一日100発以上という計算だ。そのことで子ども二人の死者を含む、数十人の民間人死傷者が出ている。威力も精度も効果もないカッサム・ロケットを飛ばしてアピールにいそしむ武装セクトの側にも問題があるのは否定し難いが、それに対してどう考えてもコスト・パフォーマンスの悪い爆弾の雨を降らせるイスラエル軍の政策は、とても正気の沙汰とは言えない。
 イスラエル国民は、この爆弾にいったいいくらの税金が(無駄に)投じられ、いかなる治安上の効果を得ている(得ていない)のかを、もっと正面から議論するべきではないだろうか。

 そしてその一方で、封鎖されたガザ地区では、薬さえ満足に手に入らず、医療活動にさえ支障が出ている( 「医療品が欠乏したガザで病人が死んでいく」 P-navi info 参照)。基礎食料までも不足が指摘されているのだ。そして他方では爆弾の雨霰。
 イスラエル側の新聞記者でさえも(と言うか、いつも名前の挙がる著名な記者ばかりかもしれないが)、この問題を指摘してきた(以下いずれもハアレツ紙より)。

 アミーラ・ハスによる記事「飢餓と爆撃ショック」(4月21日付)は、ガザ地区のパレスチナ人の子どもたちが、日夜繰り返される空爆のために満足に眠ることができず、精神不安に陥っていることを伝えている。空爆の標的とされている北部地域では、子どもを学校に送り出す親たちも、通学途中で空爆を受けるのではないかと気が気でない。また、農場も空爆に晒され、人間以外にも多くの家畜(ロバや羊や鶏)の犠牲が出ていることもハスは附記している。そこに加えて、周知のイスラエルが代理徴収した税金の引き渡し停止と、悪化する一方の高失業率問題によって、経済が完全に「破綻」(停滞どころではない!)している。

 ギデオン・レヴィによる記事「轟音の日々」(5月5日付)は、まさに絶え間なく響き続ける空爆の恐怖を伝えている。イスラエル軍は、カッサム弾の発射場所に使われる「空き地」を狙って空爆していると主張するが、民家に爆弾が投下されることもしばしばであり、子どもも含めた無関係な民間人死傷者が数十人に達していることは、否定しようのない事実だ。とりわけガザ地区は、難民の集中によって一つの建物の人口密度が高く、一発の爆弾で十数人が負傷し路頭に迷うことになる。だが、その恐怖の爆音も、ガザ地区の中に入らなければ、実際に耳にすることはできない。イスラエル国民はそれを知らないし知ろうともしない。
 それに対し、レヴィ記者もハス記者も、地元の人びとにインタヴューを重ね、その声を伝えようとしている。

 メロン・ラパポートによる記事「政治が人を殺している」(5月19日付)は、ガザ地区のガン患者や腎臓病患者などが、医薬品不足で治療を中断され、ただ弱って死んでいくばかりの様子を伝え、これこそが「新しいイスラエルの武器」だと皮肉っている。とりわけ、公立病院はイスラエルと国際社会によるボイコットの影響を直接的に受けており、実際に次々と重病患者から亡くなっていっている。ただ政治的圧力のために、患者の命が使われているのだ。医薬品を(現金ではなく)病院に直接(ハマスを経由せずに)届けることは実際には可能なのに、それをしないのは、政治的駆け引きの材料にパレスチナ人の命を使っているということだ、と病院関係者は指摘する。
 お金が少しはある人は、治療のためにカイロに行く場合もある。しかし、貧困の極まるガザで、そんなことのできる人はごくわずかだ。ほとんどは、ガザを離れることさえもできない。もちろん、イスラエル側の病院に行く途(かつては医療行為のためにイスラエル側に入る許可は出ていた)は、いまでは完全に閉ざされている。
 そんなとき、世界保健機関(WHO)から、ガザ地区の医療関係者に対して、どんな医薬品が不足しているかの調査票が送られてきたという。ところがそれに答えて、WHOに具体的に薬を送るように要請しても、何一つ届かない。その後明らかになったことは、なんと、パレスチナの「窮状」を正確に把握するためにイスラエル政府の求めによって、WHOが調査票を送ったのだという。(文字どおり「血も凍る」ような「政治的殺人」だ!)

 こうした現状が、しかしながら、ガザ地区の内部では、「ハマス対ファタハ」という「内紛」にすり替えられて、正面からのイスラエル非難がかき消されてしまっている。ダニー・ルービンシュタイン(彼は上記三人よりはだいぶ右派的だが)による論説「再征服されたガザ」(5月22日付)が指摘するのは、パレスチナ内の多くのメディアがファタハ系列であるために、非難対象がハマスになっており、イスラエルの責任を問う論調がひじょうに少なくなっていることだ。このことは、イスラエルによる「一方的撤退」戦略の正しさの証明になり、パレスチナには法治能力がない、したがって交渉の相手はいない、したがって和平合意はありえない、という主張を正当化してしまっている。
 だが、それは「一時的な幻想」だという。この状況がイスラエルにもたらす具体的な利益は実際には何もない(「非難そらし」効果以外には)。パレスチナ人を追いつめれば、治安上の危険要因を増すばかりなのは誰の目にも明らかなのだから。「イスラエルの安定のため」にも、交渉と合意を目指すべきなのだ、と彼は主張する。

 以上、ここ一ヶ月ほどの、ガザに関する記事をピックアップして整理してみた。
 イスラエルが自らこの混乱と困窮の責任を認めるとはとうてい思えず、それを期待するのは無駄ではあろう。だが、少なくとも、いま行なっている対ガザ政策が、冷静的に考えて理にかなっているのかどうか、多額の税金が投じられたその見返りが実は「治安上の不安定」なのではないか、少なくともそれくらいの自問自答はできないのだろうか。ちょっと考えれば、利己主義に基づいてさえ、自分たちの政府の行なっている対ガザ政策は「バカげている」と気がつくだろう。
 だがそうならないのは、おそらくレヴィ記者の指摘するように、大多数のイスラエル国民にとって、昨年の「撤退」劇以来、ガザ地区が意識の外に置かれている、ということだろう。「もう関与しない、もうガザの混乱には一切の責任を追わない」、そう決め込んだが最後、そこで何が行なわれていようと、自分には無関係なのだと。上で概観した記事など全体から見ればほんのわずかだ。
 日本のほとんどのメディアもまた、それに合わせてガザの現実から目をそらしてしまっている。だが「撤退」以降も何一つ「占領」は終わっていない。そのことには、できるだけ留意しつづけたいと思う。

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