パレスチナ情報センター

Hot Topics

2006.06.01

隔離壁完成まであと一年?――壁の近況と矛盾する現実

Posted by:早尾貴紀

 イスラエル政府がパレスチナのヨルダン川西岸地区内部に建設中の「隔離壁」は、現段階で総延長800kmを計画されている。だが、実のところ、着工して4年で、そのうち完成をしているのが半分以下の約350km。100km以上が現在建設中で、300kmがまだ裁判所の許可待ちとなっている。やはりもっとももめているのが、エルサレム周辺と、南部グッシュ・エツィオーン入植地群周辺と、北部アリエル入植地群周辺だ。
 当初の「予定」では2005年末に完成。しかし、どう見ても06年末までで辿り着けるのは、現在建設中の100km分くらいで、さらにあと1年以上はかかると見られている。が、イスラエル国防省は「06年末までに95パーセントが完成する」と豪語している。
 だがこのパーセンテージは、「遅れ」を隠蔽するために、国防軍が、未承認の部分を除いた約500kmを分母に置き換えて、「建設準備段階」のものも分子の完成部分に入れてはじき出した数字のトリックで、見通しとしては極めて非現実的だ。

 また建設費用については、総額で約100億シェケル、日本円にして約2500億円で、これは当初見込みのおよそ二倍だとされる。だが、これは純粋に「壁部分」についての費用であって、周辺費用、つまり道路部分やゲート部分は含まれておらず、そのためにさらに約60億シェケル、約1500億円が必要になると見込まれている。これで総額4000億円。だが完成が遅れれば遅れるほど費用は跳ね上がることが予想されており、まず5000億円は下らないだろう。
 この金額は、人口が600万人強のイスラエルでのことだと考えれば、人口1億2000万人の日本にあてはめたとしたら、それがどれくらいの規模かが想像できるだろう。人口比で20倍の差があるわけだから、金額も単純に20倍すれば10兆円規模の公共事業だと考えればいい。途方もない数字だ。

 これだけの「投資」をしておいて、果たしてそれに見合うだけの治安上の効果は 得られるのだろうか。
 エルサレムを含めて西岸地区を大きく削り取るこの「隔離壁」は、事実上西岸の領土の一部をイスラエル領に組み入れるものだが、そのことでその土地に住むパレスチナ人たちをも「壁の内側」へと含み込むことになる。もちろんそうしたパレスチナ人たち(グリーンラインと隔離壁の中間地帯に置かれる)にイスラエル政府がいかなるIDも付与するとは考えられず、特殊なエルサレムIDを付与されている被占領地東エルサレム市民(イスラエル国籍はないが国内移動の自由はある)と同程度のIDさえももらえない、完全な「無国籍者」となる公算が高い。現在の隔離壁の配置から予想される、こうしたパレスチナ人の数は少なくとも10万人をくだらないと見積もられているが(すでに併合されている東エルサレムの20万人を除いて)、彼らが「治安上の懸念要因」にならないはずがない。西岸地区から切り離され、かつイスラエルからも市民権を与えられない彼らが、行き詰まりの果てにどんな過激主義に身を委ねうるか。つまりイスラエル政府は、治安のためと称する隔離壁によって、新たな不安定要因を生み出しているのだ。
 さらに懸念されているのは、アリエル周辺やグッシュ・エツィオーン周辺の入植地群を効率的にイスラエル側に取り込むために、壁のルートもまた微妙なラインをとっていることだ。つまり、上記のようなパレスチナ人を最小化するために(それでも30万人もいる!)、壁のラインがひじょうに複雑にうねりながら、隣接するパレスチナ人の村とユダヤ人入植地とを切り分けているのだ。これはしかし結果として、壁一枚を挟んで、イスラエルが治安上の敵とみなすパレスチナ人と、その敵から守らなくてはならないユダヤ人入植者が、なお隣り合っていることを意味するし、また入植者らのアクセス道路もまた「危険地帯」を通らざるをえないことを意味する。壁は銃撃などを防ぐことができるわけではない以上、「治安」が得られるわけではないのだ。

 ハアレツ論説委員のアキヴァ・エルダールは、こうした状況をふまえつつ、一般にイスラエル側で「セキュリティ・フェンス」と呼び習わされるこの隔離壁を、むしろ治安上の不安を呼び込むものとして、「インセキュリティ(不安全)・フェンス」と皮肉った(5月19日付ハアレツ紙)。
 また別のイスラエル人ジャーナリスト、ダニエル・ガヴロンは、「壁」の効果が、政治力学的にも、人口統計学的にも、治安維持的にも、まったく理屈に合っていないことを強く訴えた。壁建設の最大の問題は、それが「一方的措置」であることだ。一方的に何をしてもいいという姿勢は、ひるがえって、パレスチナ人たちが一方的に何をしてもいいということを、つまり、行き詰まった彼らが暴力的手段に訴えることをむしろ許容することを意味するのだ。つまり壁は暴力のエスカレーションをむしろ誘発する役割を果たす、とガヴロンは主張する(同ハアレツ紙)。

 現段階では、イスラエル政府は「壁が完成すれば」ということで自国民(の納税者たち)をなだめ、問題を先送りしているが、しかしいずれその説明は破綻が露呈せざるをえない。国際社会からの非難を振り切って、莫大な費用を投じて建設した「アパルトヘイト・ウォール」が、その効果を得られないことが白日のもとにさらされたときに、それでもなお納税者たちは壁を支持するのだろうか。

トップページ
パレスチナ情報センター