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2014.02.25

サイモン・ウィーゼンタール・センターは人権団体か? ―「アンネの日記」切り裂き事件との関連で

Posted by:情報センター・スタッフ

東京都内の公立図書館で昨年から今年にかけて「アンネの日記」をはじめとしたホロコースト関連の図書300冊以上のページが破られていることを多くのメディアが報じています。海外メディアでも報道され、24日には警視庁に捜査本部が設置されるなど、これまでにないパターンの「ヘイトクライム」の登場は、様々な方面に波紋を広げています。

参考) 「アンネの日記」事件と蔓延する歴史修正主義 国際世論から警戒される安倍政権 (IWJブログ、2014年2月23日)

現段階で犯人を憶測することは慎まなければなりませんが、事件が公けになる直前には、都知事選で60万票を獲得した田母神俊雄元航空幕僚長を支援した右翼団体「維新政党・新風」が「アドルフ・ヒトラー生誕125周年記念パーティ」を呼びかけていることが明らかになっており、今回の事件の背景に日本のレイシスト・グループがあると考えることは状況的に合理的な推論であるように思われます。

参考) ヒトラー生誕パーティー呼びかけ:田母神氏の支援者 (しんぶん赤旗、2014年2月14日)

実際、インターネット上では、「アンネの日記」を「『南京大虐殺』『従軍慰安婦』の嘘と同じ」だとし、「シモン・ヴィーゼンタール・センターのアブラハム・クーパーよ犯人を捜しているのなら探してみろ」と、まるで犯行声明であるかのような言説を堂々と掲載している「ネトウヨ」サイトも見受けられます。

参考) 米ユダヤ団体「当局は犯人特定を」 (民族の監視者:国家社会主義日本労働者党、2014年2月21日)

さて、ここで注意が必要なのは、このネトウヨ(もし犯人であればネトウヨという形容はそぐわないことになりますが)に言及されている「サイモン・ウィーゼンタール・センター」(以下、SWCと略)です。2月20日にSWCは、今回の事件について抗議声明を発表し、日本の当局に「犯人を探す迅速な努力」を求めました。

参考) Wiesenthal Center Expresses Shock and Deep Concern Over Mass Desecrations of The Diary of Anne Frank in Japanese Libraries (SWC、2014年2月20日)

声明ではハフィントンポストが最初にこの事件を報じたとしていますが、この声明と相前後するかたちで、内外の主要メディアが一斉に報道を始めました。そうしたニュースにおいて、SWCはしばしば「ユダヤ人人権団体」として紹介されています。また、安倍政権が煽る日本の排外主義に危機感をもつ人びとの書いたブログなどにも、SWCについて反排外主義の立場に立つ団体であるかのように紹介している記事が散見されます。確かに、1995年に「ナチ『ガス室』はなかった」とする記事を掲載した雑誌『マルコポーロ』を廃刊に追い込んだことで有名なSWCは、反ユダヤ主義に対して闘う姿勢については一貫しているようです。

しかし、SWCがイスラエルによるパレスチナ人に対する人権侵害については、露骨に擁護する姿勢を取り続けていることは余り知られていません。例えば、2003年に日本の各地で行われた「シャヒード、100の命」展(第二次インティファーダの中で犠牲となったパレスチナ人を追悼する美術展)の開催に際し、SWCは、助成団体や会場提供団体に対し、「シャヒード」とは自爆犯やテロリストを含む概念であり、そのような企画に協力すべきでないとの、パレスチナ人に対する偏見・誤謬に満ちた抗議を行い、展示を中止に追い込もうと画策しました。この企画が「テロリズム」と無縁であることは、今も残っている公式HP( シャヒード、100の命―パレスチナで生きて死ぬこと )を見ても明らかです。

参考) LEADING JAPANESE COMPANIES CANCEL SPONSORSHIP OF ´SHAHEED 100 LIVES´ EXHIBIT (SWC、2003年9月4日)

また、2008年12月から翌年1月にかけて1400人以上のガザ住民が殺されたキャスト・レッド作戦の直後には、マーヴィン・ヒエルSWC会長が「テロリストとその支援者(であるガザ住民)には、彼らの残虐行為・過誤・沈黙について特別に褒章(VIP booty)を受けるような権利はない」と述べ、ガザ封鎖の中で緊急に求められていた国際支援の動きを非難するという、虐殺直後の厳冬下、極限状況にある住民への非情なまでの冷酷さを露わにしています。

参考) Gaza residents must learn that charity begins at home (Rabbi Marvin Hier、2009年2月1日)

それから1年後、継続するガザ封鎖によってもたらされている住民の人道的危機を国連や人道支援団体が必死で訴えているときにも、SWCは、「封鎖といえるようなものは行われておらず、ガザで飢えている人もいないし、住民が必要としている必需品はイスラエルからガザに運び込まれている」と述べ、オバマ大統領に封鎖の解除を求める下院議員の動きを阻止しようとしました。

参考) ガザの封鎖はガザの人々の健康を危機状態に晒し、医療サービス制度の機能を低下させている (国連人道問題調整官、AIDA(国際開発機関協会)、2010年1月20日)

参考) WIESENTHAL CENTER URGES US LAWMAKERS TO RECONSIDER GAZA “BLOCKADE” PROTEST TO PRESIDENT OBAMA (SWC、2010年2月4日)

また、SWCの排外主義を象徴するケースとして、彼らがエルサレムで建設を進めている「寛容の博物館」があります。その予定地には、ムスリム墓地の遺跡があります。12世紀、サラーハッディーンと共に十字軍と戦ったムスリムが埋葬されたとされ、以来丁重に保護されてきた墓地です。SWCは、墓地を守ってきたパレスチナ人らによる抗議を無視して遺跡を破壊し、博物館のオープンを強行することで、パレスチナの地におけるイスラム教徒の歴史を暴力的に消し去ろうとしています。

参考) Campaign to preserve Mamella Jerusalem Cemetery

ついでに言えば、SWCは、近年イスラエルで大きな社会問題となっている入植者を中核とする宗教右派グループによるパレスチナ人やアフリカからの難民に対するヘイト・クライムに対して、インターネット上で探す限り、抗議の声をまったく上げていません。むしろ、主たる批判の矛先は、パレスチナ人の権利回復を訴える非暴力運動である BDS(ボイコット・資本引揚げ・制裁)運動 に向けられているようです。

参考) Watch the video on Israeli racism The New York Times didn’t want you to see (Electronic Intifada、2013年10月18日)

参考) サイモン・ウィーゼンタール・センター:ソーダストリームを支援する「人権団体」 (「ストップ!ソーダストリーム」キャンペーン)

さて、これでもSWCは「人権団体」の名に値する団体だといえるのでしょうか?「ユダヤ人/非ユダヤ人」といった民族・宗派の違いによって人権や命の重みが異なってはならないということは、まさにホロコーストの教訓のはずです。しかし、SWCは、普遍的人権概念ではなく、あくまでもパレスチナ人排除を前提としたシオニズム・イデオロギーをベースに活動をしているのです。

SWCの正体が理解しにくい理由は、何よりもSWC自身が日本においては、排外主義的シオニスト団体としての性格を表に出さない方針を取っていることがありますが、そもそも日本社会においては、日本人自身の「単一民族国家観」が投影された、反ユダヤ主義的、あるいはシオニズム的な一枚岩的ユダヤ民族観が流布してきたというも問題があります。ユダヤ人は(ずる)賢い、金持ち、二千年の流浪を生き抜く特殊な能力をもっている、といった陰謀論にもつながるステレオタイプです。現実の「ユダヤ人」には、シオニストもいれば、反シオニストもいます。民族的概念としてユダヤ人を自認するする人もいれば、宗教的概念として捉えている人もいます。その中間的な立場の人もいるでしょう。そして当然のことながら、ユダヤ系××人、ユダヤ教徒の△△人といった、重層的アイデンティティを生きている人が多くいます。そうした人間のアイデンティティのあり方として当たり前の多様性を理解せず、一枚岩的なユダヤ人アイデンティティを自明視する民族観においては、SWCなどのシオニスト組織による反ユダヤ主義と反イスラエルとの意図的混同を見破ることができないのです。

なお、SWCは、安倍首相の靖国参拝について「道徳的に間違っている」との声明を出しています。声明の内容は至極当然のことであるものの(A級戦犯のみを問題にしている点は微温的に過ぎますが)、その意図するところについてはイスラエルが国家ぐるみで進めている「ハスバラ」の一環として考えた方が良いでしょう。「ハスバラ」とは、イスラエルが国外で、大使館や諜報員、種々のシオニスト組織を通じて、自国の政策(とりわけ対アラブ・対パレスチナ政策)に賛同する世論を形成し、イスラエルの国際的イメージを向上させるために行う広報活動のことです。この場合、ターゲットとされているのは日本においてイスラエル批判の声が比較的浸透しているリベラル・左派層です。もし、SWCが日本の右傾化を本当に懸念しているのであれば、1990年代から「新しい歴史教科書をつくる会」による歴史修正主義運動の実働部隊を担い、小泉の靖国参拝(もちろん安倍のも)を称賛してきた 宗教右翼組織 とイスラエルとの長年にわたる癒着関係を断ち切るよう、働きかけるべきでしょう。「アンネの日記」を切り裂く行為が許されない行為であるのと同様に、サイモン・ウィーゼンタール・センターによるパレスチナ人に対する排外主義も許してはいけません。

参考) Simon Wiesenthal Center: PM Abe’s Visit to Yasukuni Shrine Morally Wrong (SWC、2013年12月26日)

参考) 安倍首相 靖国神社に参拝 歴史的瞬間に立ち合いたかった (河合一充くだん日記、2013年12月26日)

参考) イスラエル支援議員リスト (パレスチナ情報センター、2012年12月)

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