パレスチナ情報センター

スタッフ・ノート

2005.01.21

自治区以外のパレスチナ人にとっての選挙権

Posted by :スタッフ

選挙自体の正当性はともかく、イラクでは選挙に向けて「在外イラク人」の有権者登録が行われているようです。

それでは、先日のパレスチナ自治政府の「大統領選挙」では、難民となって、あるいは離散して自治区(ヨルダン川西岸地区とガザ地区)以外で暮らしている人々はどのように扱われたのでしょうか。あるいは、本人の思いとは無関係にイスラエル国内で暮らすことになっているパレスチナ人は。

結果からいいますと、「投票する権利がなかった」ということになります。

どうせイスラエルがそれを許さないからということもあるでしょうが、そのことはほとんど話題にもなりませんでした。自治区以外で暮らす人は、パレスチナ人全人口の約6割を占めているにもかかわらずです。

このことに関して、「パレスチナ情報センター」のスタッフで少しやり取りがありましたので、その中からいくつかの意見を紹介したいと思います。

まずは、国外で難民となっているパレスチナ人の選挙権に関して。

これは核心的な問題だと思います。オスロ合意後最初の選挙の時に、投票参加者をガザ・西岸の占領地だけに限定することには、各方面から批判がありました。その瞬間に、国外難民を排除してしまうことになるわけですから。「パレスチナ」は、パレスチナ人全員のものではなくなり、西岸とガザの住人だけのものになってしまいました。

今回の選挙では、もうそんなことが話題になることさえありませんね。既成事実がまた積み上げられてしまった…


自治政府「大統領」選における民主主義の限界、というのは、オスロ合意自体が持っている限界性なのだろう、ということを改めて思います。

本来、国外難民を基盤にしたPLO指導部が、難民の帰還権を実質的に放棄(シオニスト左派が定義する「帰還権」への読み替え)する方向に舵取りができたのは、難民を切り捨てて成立したオスロ合意にもとづく、暫定自治政府が、PLOという政治体以上に、「解放闘争」の主導権を取るようになったためだと思います。資金の流れが全部自治政府に一本化されたせいなのでしょうが、その辺のねじれというのは、思った以上に気持ち悪いなあ、と最近感じます。


やはり今回の選挙でも、本来のPLOの理念をちょっとでも活かすならば、「難民」の意志を何らかのかたちで(国外投票とまで言わずとも、象徴的なかたちでも)、反映させる工夫ができても良さそうなのですが、結局「民主主義」の枠組み自体がしっかりと、暫定自治合意に縛られていて、そこを越えようとすると自治政府の存在理由を自ら壊してしまうというようなことになっているから(国外難民に自治政府は全然支持されていないですし)、そういう発想はでてきようもないのだと思いました。

パレスチナ難民の在外投票というのは、もちろん「現実政治的」にはありえないのかもしれませんが、イラクで国民議会選挙にむけて在外イラク人の選挙登録を進めている、というようなニュースを聞くと、難民の政治的権利が半世紀以上剥奪されて、省みられてさえいない状態こそが、第二次大戦後の国際社会の基準からして、めちゃくちゃ非常識/特例なのだと、あらためて思います。

もちろん、オスロ合意で設定された「暫定自治政府」というのが、いくら「独立国家」からかけ離れた存在であるのにせよ、そこでの限定された「民主主義」をきちんと(アラファト体制のときとは違って)機能させるということは、「反占領闘争」の文脈のなかでは大切なことなのだろう、とも思います。


次は、イスラエル国内に暮らすパレスチナ人に関してです。


これについては、若干関連するレポートとして、昔僕が書いた、イスラエル・アラブの選挙 をご参照ください。

これは、イスラエル選挙への参加をめぐる、イスラエル国籍を持つパレスチナ人同士の議論のレポートです。

僕の印象では、彼らは、「自治区パレスチナ」の選挙への参加可能性については、まったく現実的な問題としては捉えていません。比較的多くの人が、イスラエル国家の不十分な一市民として与えられる市民権を享受することを肯定し、その中でも少なからずの人が、イスラエルの民主主義はアラブ世界よりもいいと思っている。差別されていながらも、そう自分に言い聞かせている、という面もあるかもしれませんが。

僕の知っている範囲では、イスラエル内のパレスチナ人からも、自治区のパレスチナ人からも、イスラエル国籍を持つパレスチナ人も自治区の選挙に参加させよと公然と要求する声はなさそうです。実現可能性がゼロでも、問題提起としてあってもよさそうな気もします。少なくとも、「イスラエル国家を認めない」と叫ぶよりも意味はあると思います。

イスラエル国内に残ったパレスチナ人が、「パレスチナ問題」から切り離されてきたのは、この半世紀のプロセスを経てのことではありますが、オスロ合意以降の枠組みの中で明確に国外難民も切り捨てられたことで、「パレスチナ」が自治区だけを指し、「パレスチナ人」がその地域内に住む人だけを指すようになってきたように思います。


付記1:
パレスチナ人の人口は、世界中で約900万人といわれています。

そのうち自治区で暮らしている人が全体の4割程度の約330万人。残りの約6割、500万人〜600万人が自治区以外で暮らしていることになります。

イスラエル内のパレスチナ人の人口は、約120万人です。(イスラエルの人口の約20%)

有権者とされるのは18才以上で、全体の6割程度だろうといわれています。全人口から有権者数を推測すると約540万人ということになります。

今回の選挙の有権者は、登録有権者と未登録有権者を合わせて約180万人だったようです(投票するためには、事前の登録が必要)。約360万人が有権者とされなかったことになります。


付記2:
自治区以外で暮らすパレスチナ人に関しては、ほとんど話題にもなりませんでしたが、イスラエルに逮捕拘留されている、あるいは刑務所に収容されている8000人ともいわれるパレスチナ人については、イスラエルははっきりと投票を拒否し、その通りになりました。刑務所に収容されている大多数がいわゆる政治犯だといわれています。また拘留者の中には、具体的な罪状もなく、裁判を受けることもないまま、イスラエルの思うがままに拘留されている人が多数います。(イスラエルには、罪状も裁判もなしで、気に入らない人を逮捕拘留することができる、しかも拘留期間はいくらでも延長できる「行政拘留」という恐るべき仕組みがあります)

(編集:安藤滋夫)