パレスチナ情報センター

スタッフ・ノート

2005.08.15

ガザ入植地撤去と西岸入植地再編について

Posted by :s.ando

(この文章は、特集:ガザ入植地撤去と入植地再編 のコーナーにも掲載しています)

「イスラエルのガザ撤退」と各所で報じられているものについて、いま一度その内容を簡単に整理しておきたいと思います。

ガザ地区には、21ヶ所の入植地があり、6000人から8000人ほどのユダヤ人入植者がいるとされています。その6000人から8000人ほどのユダヤ人入植者がガザ地区の土地の約40パーセントを占有し、残りの土地で130万人のパレスチナ人が暮らしています。パレスチナ人の暮らす地域の多くがイスラエル軍の攻撃によってなんらかの破壊を被っており、さらには世界一の人口密度といわれる一方で、入植地は、ところによっては郊外の高級住宅地のような、あるいはのどかなリゾート地のような街並みが広がっています。また入植者は、合法的に武装しています。イスラエル政府も、入植者に銃の配布を行ってきました。

ガザの代表的な入植地群グッシュ・カティーフ(グシュ・カティーフ)地区の写真
(別のウインドウで開きます)

グッシュ・カティーフに隣接するパレスチナ人の町ハンユニスの写真
(別のウインドウで開きます)

2003年12月、これまで入植地拡大を積極的に行ってきた(元軍人で、いくつかの虐殺事件にも首謀者として関わってきた)イスラエルのシャロン首相が、ガザ地区にある入植地を撤去するとの方針を打ち出し、多くの反対に合いながらも 2004年10月それがイスラエルの国会でも承認されました。

これは、パレスチナとの交渉の結果ではなく、イスラエルが一方的に決定したことでした。よって、その具体的な内容についてもう一方の当事者であるパレスチナ側と協議が行われることもなく、イスラエルの主導で、つまりイスラエルの都合のいいようにことが運んでいます。それが「一方的分離(一方的撤退)」政策といわれる所以です。

今回実施されるのは、ガザ地区にある全ての入植地とヨルダン川西岸地区の(ごく小規模な)入植地4ヶ所の撤去ですが、制空権や制海権は依然イスラエルが握ったままです。また、人や物資の移動もイスラエルのコントロール下におかれたままで、イスラエルは好きなようにそれを制限することができます。ガザ地区とエジプトとの国境には、イスラエル軍が配備されたままとなるようです。したがって、これを「撤退」と呼ぶのは、かなりの無理があると思います。

確かに、入植地を守るためにいたイスラエル軍は入植地の撤去にともなって撤退します。しかしながら、今までがそうだったように、ガザであろうとどこであろうといつでも好きなときにイスラエル軍は侵攻できるので、事実上の軍事占領状態であることには違いがないと言えます。

パレスチナの一部の抵抗グループがガザの入植地がなくなっても占領が続く限り武装放棄しないと宣言したというようなことが、そら見たことかとばかりに大きく報道されたりもしていますが、残念ながらその態度はイスラエルも同じで、イスラエルも入植地の撤去は公言していますが攻撃をやめるとは明言していませんし、実際に「停戦」合意後も繰り返し攻撃を行いパレスチナ人を殺害し負傷させてもきましたし、入植地撤去に伴って大規模な攻撃を仕掛けるとも公言してきました。(が、そんなことは取り立てて報道されません)

イスラエルのシャロン首相の目論むガザの入植地撤去(一方的分離)政策のポイントとしては、次の4つが挙げられます。

  1. 経済的なメリットが少ないのに、治安コストが膨大にかかるガザの入植・占領をやめること。
  2. 西岸地区の入植地のいくつかを整理し(イスラエルが不法と見なす仮設入植地の撤去を含む)、事実上は主要入植地の恒久化を確立すること。
  3. それらの入植地をイスラエル側に取り込むようにアパルトヘイト・ウォール(隔離壁・分離壁とも呼ばれる)を完成させること。
  4. パレスチナ側を和平交渉のパートナーとはみなさず、一切の関係を断ち切ること。

(パレスチナ情報センター:「イスラエルは内戦状態」より)

さらに、将来的に全パレスチナをイスラエルに併合したときに、パレスチナ人の人口がユダヤ人の人口を上回ってしまう恐れがあるから、イスラエルとしては、そうなる前にガザの130万人以上のパレスチナ人を前もって切り捨てたほうが得策だというということも公然と語れています。ガザの切り捨ては、不経済なガザを切り捨てることで損失を減らすことに加え、イスラエルはユダヤ人だけのための国でありたいけれど民主主義国家とも呼ばれたいという、そもそも相矛盾する望みを叶える(かもしれない)策となるというわけです。

シャロン首相の打ち出したガザの入植地撤去政策が、西岸地区の入植地の恒久化と対になっているということはとても重要なポイントです。実際に、ガザの入植地撤去の方針が出てからも、西岸の入植地は拡大を続けています。こうしている今も、拡大のためのパレスチナ人の土地の収奪と建設工事が続いています。ガザの入植地を撤去しても、入植地総体としては拡大していくということです。(ちなみに、入植地が爆発的に拡大したのは、和平に向けての大進展とされた1993年のオスロ合意後のことです。結局のところオスロ合意は、様々な点でイスラエルにのみ都合の良い出鱈目極まりないものだったわけですが、この点だけを見ても、オスロ合意がいかに出鱈目なものだったかがわかります)

ガザの入植者は6000人から8000人とされていますが、西岸の入植者は40万人といわれており(エルサレムの入植者を含む)、占有面積も膨大なものです。ガザの不経済な入植地を撤去することで、あたかもイスラエルがパレスチナに譲歩しているかのように見せかけて国際社会を欺き、西岸の入植地を恒久化していずれは国際的に正式に併合を承認させようというのがシャロン首相の目論見だとされています。

また、西岸地区では、入植地を守るためのアパルトヘイト・ウォールの建設も続いています。なおアパルトヘイト・ウォールは入植地を防衛すべく取り囲むことだけが目的ではありません。それ以外にも、肥沃な土地を奪う、水資源を奪う、パレスチナの町と町を分断する、町を分断することで文化・教育・経済などパレスチナ人のあらゆる生活を破壊する、町と町を分断するどころか町や村の中に壁を作り一方をイスラエル側にしてしまうことでそこに暮らす住民を追放する、農地へのアクセスを壁で遮断することで農業を破壊する、パレスチナ人の土地を囲い込むことでパレスチナ人の人口が増えることを抑制する、単に領土を拡大するなどなど、様々な場所で様々な目的を持つ壁が建設されています。イスラエルが安全確保のためと称するその壁は、パレスチナとイスラエルの国境に建設されているのでもありません。パレスチナの中にどんどん侵入してパレスチナ人の土地を奪いながら建設されています。場所によっては、パレスチナの町を取り囲んでいるところすらあります。いずれ壁で囲まれた地域の外側は、全てイスラエルの領土ということにするのでしょう。

壁の建設意図は入植地の建設意図と非常に似たところがあります。役割り的には、同じものだといえるかもしれません。

これまでイスラエルがあまりに当り前のように入植地を作り、しかもそれを誰も止めなかった(止められなかった)ので世界中の人々が忘れられがちかもしれませんが、軍事占領した場所に入植地(植民地)を作ることは、国際法上認められていない犯罪行為です。国連も、イスラエルに対して入植地の撤去を求めていますが、イスラエルはアメリカの庇護のもと、なんら咎められることもなしにそれをあっさりと無視しています。

また、アメリカのブッシュ政権は、アメリカ政府の歴史上初めて公に入植地の存続を了承しました。そのようなことをあからさまに了承しているのは、世界でもアメリカだけです。ただし、その見返りとしてなのか、パレスチナ国家の樹立を公に容認したのもブッシュ政権が初めてです。しかし、国家を樹立しようにも、パレスチナの領土は壁と入植地でいまやずたずたに切り刻まれています。

イスラエルが不経済なガザの入植地をついにあきらめ撤去するという事実そのものは、これまで入植者とイスラエル軍の存在に脅かされ不自由を強いられてき人々にとってはもちろんのこと、パレスチナの状況が好転するきっかけとなるかもしれないという意味でも喜ばしい出来事に違いないでしょう。ですが、入植地建設がそもそも違法な犯罪行為なのだとすれば、その撤去は、イスラエルからパレスチナへの素敵なプレゼントでもなければシャロン首相が言うような「痛みをともなった譲歩」でもなく、暴力を使って無理矢理奪い取ってみたものの割に合わなくなったからそれを捨てた、と考えるのが順当なところでしょう。一部報道では、イスラエル政府による入植地の撤去という決定が、勇気ある決断として賞賛される、あるいは賞賛とまではいかなくてもその決意が肯定的なものとして語られることがあったりもしますが、普通そのようなことは呆れられこそすれ褒め讃えられたりはしません。しかも、イスラエルがあきらめたのは、入植地のごく一部です。人数でいうと、40万人中の8千人です。「譲歩」どころか西岸地区では、いまも入植地は拡大しています。

これでは、相当の間抜けか、相当の楽天家か、相当に騙されやすいか、相当に悪意があるか、あるいは誰かに脅されているのでもない限り、この一連の動きを見てイスラエルが和平に向けて動き出したなどとは言えないでしょう。

まとめ

様々な情報をまとめますと、

  1. ガザの入植地と西岸のごく小規模な入植地の徹去を行い
  2. そのことによって、国際社会にはイスラエルが和平に向かって動き出したかのような印象を与え、国内的には西岸入植地の存続と拡大を確約し
  3. 西岸入植地(40万人以上)の恒久化と拡大を目指す
  4. 和平交渉は一方的に終結、または骨抜きにし
  5. いずれ西岸全域もしくは西岸入植地をイスラエルへ併合

というあたりがイスラエルの思惑だろうと思われます。

またイスラエルの思惑としては、次のようなことも考えられます。

  • パレスチナ人をイスラエル経済に依存した消費者として固定することで、パレスチナ人に対する植民地政策の永続を図る(現在でもすでにそうなっています)
  • ガザ地区を大きな監獄とし、西岸地区の生活も徹底的に破壊することで、ひとりでも多くのパレスチナ人がそこから「自発的」に出ていってくれることを願う(現在でもすでにそうなっています)
  • 政治家や軍や軍事産業の既得権を守るために紛争は終らせたくない(平和になると困る)ので火種は温存?(現在でもすでにそうなっています)