パレスチナ情報センター

スタッフ・ノート

2006.02.02

「移民漂流」(Nスペ)が描けなかったこと

Posted by :早尾貴紀

 NHKスペシャル・シリーズ3点ドキュメント「移民漂流 10日間の記録」(1月29日放送)を観ました。エチオピアからイスラエルへのユダヤ人移民問題と、イスラエルを脱出してドイツ行きを熱望するユダヤ人の一人の若者と、失業のためにドイツから他国へ流出する労働者、この三つの現象を、「少子化問題」をキーワードに、次のような問題構成でまとめていました。

「国家は深刻な少子高齢化対策で移民受け入れを打ち出し、移民は生きる権利を主張する。悪循環を断ち切るために国家はアメとムチを使い分ける。国家観、国民像は今大きく揺らぎ始めている。」(NHKの番組案内より)

 そして、「とりわけ少子化が急激に進んでいる日本はどうするのだ」、という問いが繰り返し強調されていました。

 実際に番組を観てみました。「少子化」を主題としたNHKの議論の枠作りに、かなり無理なものを感じました。端的に的外れではないでしょうか。

 80年代と90年代の二度に渡る大規模な移送作戦によって、およそ2万5千人の「ユダヤ人」をエチオピアからイスラエルに移民させたことにで、「エチオピアにいたすべてのユダヤ人の移送が完了した」と当時豪語していたのはなんだったのか。その後、エチオピアからの移民の数は10万人に達し、それでもなお移民を希望する「ユダヤ人」は後を絶たず増え続けているのは、いったいどういうことなのか。しかも、ロシアからの「ユダヤ系移民」であれば、実は本人がクリスチャンであろうと、親戚にユダヤ人がいて本人にユダヤ教への改宗の意思表示があれば(移民後に実際に改宗しない人も多い)容易に移民を認めるにもかかわらず、番組で取り上げられていたように、エチオピアからの移民であれば、「ユダヤ教徒」と認められた人でも、その人が非ユダヤ教徒と婚姻関係にあるだけで、移民を拒絶されてしまうのはなぜなのか。(実際、誰を「ユダヤ人」と認定するかはひじょうに恣意的な部分があり、まさにその認定をめぐってエチオピアでもさまざまな論争と駆け引きがあるにもかかわらず、NHKではあたかも截然と「ユダヤ人」と「非ユダヤ人」の区別が存在しているかのうように描いていたのは、ひじょうに問題の大きい部分であった。)

 ただし、そうした問題とは別に、イスラエルのユダヤ人の若者が、パレスチナに対する占領者・抑圧者として自己認識をし、そういう自分と社会に嫌気がさし、イスラエルを脱出しようとするところは、興味深く観ることができました。「ユダヤ人にとって安住の地はイスラエル以外にはない」と訴え、その若者を引き止めようとする母親との軋轢と口論は、できすぎと思えるほどに争点を明確に示していました。
 余談ではありますが、そのドイツ移住を希望する彼が、移民斡旋機関に相談をしたところ、「芸術専攻? それでは仕事は見つからんなぁ」と通告される場面は、妙にリアリティがありました(笑) 「哲学? それでは仕事にならんなぁ」と自分に言われているようで。ま、それはさておき。

 もしこの番組で取り上げている、イスラエル・エチオピア・ドイツを軸に移民問題を考えるのであれば、例えば、上でも触れた、ロシア系のユダヤ人移民の問題を絡ませると、いまイスラエルが抱えているシオニズムのジレンマがクリアに描き出せたのではないか、という気がします。というのも、第一に、すでに述べたように、「ユダヤ人として移民を認めるかどうか」の基準の厳格さが、「白人と黒人で異なる」というレイシズムの問題がそこに見て取れます。第二に、ロシアからドイツ(ヨーロッパ)に移住したがるユダヤ人移民の流れを、イスラエルが介入し、それを自らに引き寄せようという策略が見て取れます。
 後者についてもう少し説明します。旧ソ連邦の崩壊以降、約15年間にわたって、大量の「ユダヤ人」移民がロシアからイスラエルに流れ込みました。その数は120万人にも達すると言われます。ところが、「ユダヤ人」の数には当然限りがありますので、その数は年々減り続け、「ユダヤ人口」を増やしたいイスラエルにとっては「玉切れ」の状態に陥りつつあります。

 ここで、ロシア系の「ユダヤ人」の三分の一から半分がクリスチャンであり、また多くが経済難民であるという問題には詳しく触れませんが、そうした背景のために、多くの「ロシア系ユダヤ人」は、実のところイデオロギー的にイスラエル移民を希望するよりも、経済的・政治的安定のためにヨーロッパへの移民を希望するため、この数年は、ロシア側から見た場合、ユダヤ人移民のもっとも多い移民先は、イスラエルではなくドイツになっていたのです(イスラエル側から見れば、なおロシアからの移民数が最多ですが)。このことは、イスラエルからすれば、「ユダヤ人なら本来イスラエルに来るのが当然なのに、それをドイツが受け入れるのは許し難い」ということになります。そのため、「ホロコースト(ユダヤ人虐殺)」という決定的な負い目のあるドイツに対して、かなりの圧力をかけられる立場を有しているイスラエルは、昨年あたりからドイツに対し、ロシアからの移民受け入れを厳しく制限するように要請をしているとされます(ハアレツ紙などによる)。

 NHKスペシャル「移民漂流」の話に戻りますが、もし3点ドキュメントの「3点」を、エチオピアからイスラエルへの移民、ロシアからイスラエルへの移民、ロシアからドイツへの移民(とそれへのイスラエルの介入)、とすれば、「少子化問題」とはまったく関係のないシオニズムの本質的な問題が描けたのはないだろうか、と思います。
 もちろんそのときに焦点となるのは、唯一、対アラブ・パレスチナ人との人口比競争であるという、排他的レイシズムであることは言うまでもありません。