パレスチナ情報センター

スタッフ・ノート

2006.02.21

ハマスに対するイスラエル/アメリカのダブル・スタンダード

Posted by :早尾貴紀

 ハマスがパレスチナ議会の総選挙で圧勝して以来、イスラエルとアメリカが、パレスチナに対して、事実上の経済制裁を行なっています。イスラエルは、代理徴収をした税金のパレスチナ自治政府への引き渡しを拒否し、アメリカは自治政府に対する経済援助を停止し、昨年行なった経済援助の返還を求めています。ハマスが憲章の中で、イスラエルの存在を否定していることがその主たる理由です。
 イスラエルとアメリカは、ハマスに対して、三つの条件を飲むように要求しています。過去の和平合意の遵守と武装解除とイスラエルの存在を否定している憲章の削除。うち、最初の二つは「長期停戦」という形で実質的な「受け入れ」を表明し、残る「イスラエルの存在の否定」が名目的には問題視されている形になります。もちろんこれについては、「和平合意の遵守」を認めた時点で事実上はイスラエルの存在を受け入れたに等しいだろうとか、あるいは、この一年は事実上停戦を守ってきたハマスに対して、イスラエルこそが暗殺作戦を継続するなど和平合意を踏みにじっている、などのツッコミも可能だと思います。
 しかし、いまはそうした詳細には触れません。

 いま強調しておきたいことは、イスラエルとアメリカが、ハマスやファタハなどの諸党派に対してとってきた対応の「ダブル・スタンダード」です。以下に記すこと、とくにイスラエル政府によるハマス支援の過去などは、特別なことでも何でもなく、公然のことであったはずです。いまさら僕が指摘するまでもないことなのですが、ここまであからさまにハマス政権への「制裁」が行なわれているのを目にして、あえて書いておこうと思った次第です。

 ハマスという組織の公的な創設は1987年ですが、73年頃からその前身とも言える組織ができあがり、慈善団体的な活動を始め、その後、世俗的(非宗教的)なファタハなどに対抗する、イスラームに基づく政治勢力へと発展していきます。70年代後半からイスラエルは、そのハマスの前身的組織に対し、直接的・間接的に資金援助をしています。PLO(パレスチナ解放機構、その主流派がファタハ)が、抵抗運動から世俗的(非宗教的)な政治勢力として力をつけてきたことに対し、イスラエルはそれを牽制する対抗組織として、あえて宗教勢力を援助・育成したのです。
 イスラエルが狙ったのは、PLO支持のもとにパレスチナ民衆が一つにまとまることを阻止し、PLOを弱体化させることです。そのためには、金銭支援のみならず、ヤーシーン氏本人をはじめ逮捕・拘束をしたハマスの活動家を早期に釈放したり、取り締まり情報をハマスに事前に流したりということもしました。もちろんハマスが、ここまで大きな勢力に成長する前の話です。

 こうした事実は、初めて読む人にとっては意外なことかもしれませんが、これはどちらかと言えば秘密裏にというより公然と行なわれてきたことですし、植民地支配においてはむしろごく普通に世界中で行なわれてきたことですので、なんら驚くことではないと思います。支配国が、被支配地域の抵抗勢力を分断し弱めるために、内部分裂を促し、その双方に恣意的に資金や武器や情報を与え、お互いを潰し合わせる。植民地支配/占領に見られる基本的・普遍的な現象です。
 今度のパレスチナ議会選挙では、 アメリカがファタハに対して選挙資金の支援をしていたということも指摘 (ナブルス通信)されています。これも、上に述べたような支配原則からすれば、一貫したことです。つまり、ハマスの台頭を心配して、逆にファタハへのてこ入れをしようとしたわけです。

 もちろん、こうした状況について批難をされるべきは、占領をしているイスラエルと占領政策を支えているアメリカなのであって、パレスチナ内で競い合っているハマスとファタハではないのは言うまでもありません。私たちは、ハマスとは何者かと問うよりも、ハマスを育てたイスラエルの占領とは何なのかを、まずは問うべきなのだと思います。
 そしていま、イスラエルはかつての飼い犬(ハマス)に手を噛まれた格好になり、慌てて制裁を叫んでいます。そして、ファタハで「穏健派」のアッバース大統領の方とだけ対話・交渉を進める、と明言しています。これまで、ファタハが議会多数派だったときのアッバース政権に対してさえ、「一方的分離」を宣言し、交渉や合意なしの切り捨てと武力行使を同時に進めてきたというのに、いまになって、アッバース氏のみが「交渉相手」だと言う始末。そして、にもかかわらず、「一方的分離」は継続すると言う。占領者の身勝手きわまりない傲慢さ、ダブル・スタンダードが露呈しています。
 アメリカのファタハへの選挙資金協力と援助返還要求のリクツも、この文脈で理解可能になるのではないでしょうか。