パレスチナ情報センター

スタッフ・ノート

2006.03.09

人権団体は反国家的?--人権とシオニズムの矛盾

Posted by :早尾貴紀

 3月7日のハアレツなどによると、イスラエル政府が、イスラエルの人権団体である「ブツェレム」と「ハモケッド」について、「国家を貶める存在」と規定し、非難していることが明らかとなった。これは、とある行政裁判の中で提出された政府の側の提出文書にある記述であるとのこと。
 ちなみに、 ブツェレムハモケッド はともにイスラエルの人権団体としては、パレスチナ占領地におけるイスラエル軍やユダヤ人入植者によるパレスチナ人に対する人権侵害についても報告や告発をしていることで知られているが、基本的には、「非政治的」な組織であると言える。もちろんここで「非政治的」というのは、自ら政治的主張をすることを目的とした政党や圧力団体ではない、という意味であり、パレスチナ/イスラエルの中では、占領を具体的に批判することが政治的な意味をもたないはずがない。今回明らかになったイスラエル政府の姿勢は、はからずも、そのことの証明になっているとも言えるだろう。
 問題となっている裁判に検事側が提出した陳述書の中で、ハモケッドは「人権を守る団体ではなく、パレスチナ人の権利だけを守る団体である」とされ、また政府側の代理人はその裁判で、「ブツェレムが発行しているパンフレットは、イスラエル政府と国防軍の評判を貶め、国家の利益に反している」と主張する文書を提出し、さらにそこでは、「そうした自称『人権団体』の看板は実体に即しておらず、その名に値しない」とも書かれてある。

 とりわけブツェレムの活動は、英語でも頻繁に発行されるパンフレットによって世界的にも知られているが、ひじょうに一貫した人権尊重の理念を持っていることは疑いようがない。実際のところ、その理念に即して、パレスチナ自治政府の行なった拷問や、パレスチナの武装組織各派の市民を標的にした攻撃についても、その実体を調査し批判を加えている。
 イスラエル政府が、そうした人権団体を、自分たちを貶める反国家的組織であると非難していることは、もちろん許し難い圧力行使であるが、しかし、そのことで誰の目にも明らかとなったことがある。イスラエル政府は、「人権」という理念を突きつけられることで、「民主国家」として自らの正当性が揺さぶられていることに、苛立ちを隠していないのだ。つまり、国家原理の中に、「普遍的人権の尊重」が含まれていないことが暴露されるのを恐れているのである。人権団体を「反国家的」とする幼稚な反応で、イスラエルは墓穴を掘ったと言えるだろう。
 このことは言い換えれば、声高に政治的主張をしなくとも、人権一本槍を貫くことがそのまま「反占領」となり、そしてまた「反レイシズム」となること、それはすなわち「反シオニズム」となるということでもある。昨年夏に出された、『 Challenge 』という雑誌の92号に、ブツェレムの運営委員長を務めるアナット・ビレツキー氏のインタヴューが掲載されているが、興味深いことに、すでにその中で、人権尊重が反占領どころか、反イスラエルにまで行き着いてしまうということが語られていた。「ポスト・オスロのジレンマ」と題されたそのインタヴュー記事を掲載している『Challenge』は、明確に反シオニストのグループであるが、ブツェレムにはそうした政治色はないし、また、ビレツキー氏もこの見解(論理的に反シオニズムになること)が個人的なものであるということを断っている。
 だが、だからこそ興味深いと思われる。シオニズムは原理的に人権に反する、ということを露呈させてしまうからだ。ビレツキーは、そのインタヴューの中で、一時期オスロ合意の枠組みを支持していたことのナイーヴさを反省し、イスラエル政府の自任する「民主的ユダヤ人国家」という理念そのものが「語義矛盾」だとさえ断言している。イスラエルを「ユダヤ人国家」だと規定することは、つまり人口比問題を人工的にコントロールすることを招くが、それは、パレスチナ占領地の監獄化を意味し、イスラエル国籍のパレスチナ人を従属下に置くことを意味する。それは明白にレイシズム/民族差別だ。占領地のパレスチナ人の人権も、イスラエル国内のパレスチナ人の人権も、決して尊重されはしない。レイシズムが民主主義であるはずがない以上、「民主的ユダヤ人国家」というのは、形容矛盾であるほかないだろう。

 今回イスラエル政府が、人権団体を「反国家的」だと非難したことで、こうした問題が、はからずも自ら露呈されてしまったように思われる。イスラエルは、反人権国家であり、レイシスト国家である、と。