パレスチナ情報センター

スタッフ・ノート

2006.04.01

イスラエル総選挙を終えて--消えた政治的争点

Posted by :早尾貴紀

 イスラエル総選挙、つまりクネセト(国会)議員を選出するための選挙が終わりました。予想よりも伸びなかったカディマが29議席で第一党。カディマ主導の連立内閣への参加を明言し続けてきた労働党が第二党で20議席。カディマが離脱した後に残ったリクードが12議席で三番目。伸びたとは言えないけど健闘したのが同じく12議席となった宗教政党のシャス。そして躍進が見られたのが、次いで11議席のロシア系の極右政党イスラエル・ベイテヌ(我が家イスラエル)と、7議席の年金受給者党。予想に違わずそんなものだろうという小政党が、宗教的極右の国家宗教党・国家統一党連合の9議席、アシュケナジームの超正統派トーラー党の6議席、和平派メレツの5議席、残り9議席をアラブ系三政党で各3議席。前回選挙では注目された世俗・反宗教のシヌイが最低3議席の障壁に届かず0議席。
 合計120議席で、カディマを中心に連立し60議席超の組み合わせをどうするかでこれから駆け引きが始まるわけです。選挙前からすでにカディマと労働党は連立を約束していましたので、合わせて49議席。そこにどの政党がが加わるかが主な争点になっています。

 そもそもシャロン健在時のリクード政権下で押し進められてきた一方的撤退は、「パレスチナは交渉相手にならない」「和平合意は必要ない」「好きなところに国境線を引いていい」「西岸地区のほしい土地は一方的にもらっていく」というとんでもない政策です。オスロ合意やロードマップ(いずれもイスラエル側に偏ったものだとはいえ、最低限の国際的合意)もすべて葬り去るもので、実のところイスラエル側がそうした合意を遵守してきたことなどないのですが、今は公然と過去の合意を破棄しているのです。それでいてハマスに対して、「過去の合意の遵守」を求めるなんていうのはとんでもない矛盾なのですが、、、それはさておき。
 このどうしようもない「一方的撤退」政策に原則同意してしまっているもう一つの政党が、メレツ。マイノリティの人権尊重を訴える「左派」を自任しており、かつてオスロ合意の裏の立役者であった(当時労働党にいた)ヨッシ・ベイリンが党首を務めています。そのメレツもまた、カディマ=労働党と立場を同じくしているのです。これが、現在新聞やニュースで「世俗的な左派・和平派による連立の基軸」と呼ばれているものの実態です。もちろんここで言う「和平」と言うのは、「合意なき和平」のことですが、ともあれ主戦論や大イスラエル主義ではないことから、「左派・和平派」と言われてしまう。

 対するリクード(カディマが離れた後の残り)は「反撤退」の極右に純化してしまったのですが、反撤退でいったいどうするつもりなのか、具体的プランがありません。宗教的極右政党のように全面的な大イスラエル主義をするつもりなのか(どうやって?)、それとも延々と終りなき軍事占領を続けるつもりなのか。それではイスラエルの望む「治安」さえも手に入れられる見通しがないことは、誰の目にも明らかです。
 そう考えると、シャロンが、和平合意によるパレスチナ独立という二国家案ではなく、かと言って大イスラエル主義的全面占領でもなく、そのあいだの独自の中間形態で「一方的撤退」という道を敷いたのは妙案であり、そこに人びとが現実主義的になだれ込む構図が理解できます。また、労働党もメレツもそうした人びとと同じように、非主体的に撤退案へ便乗するしかなかったように見えます。
 この労働党とメレツが「和平派」としての論点をすっかり失って弱体化しているところに、今度の選挙の「政治的争点のなさ」がよく表れています。対パレスチナ和平は議論の外なのです。政治的争点がないところで、もはや労働党は社会保障といった部分でオリジナリティを出す他なく、労組連合の親分(ヒスタドルート議長)だったペレツ党首はただそのイメージのみで選挙戦を乗り切った観があります。シャスと年金党の健闘もまた同じ背景から理解できます。シャスは宗教政党ながら、国家統一党や国家宗教党ほどの過激な右翼(露骨な大イスラエル主義)ではなく、貧困層やミズラヒーム(中東出自のユダヤ人でヨーロッパ出自の主流ユダヤ人に比べると「二級市民」扱いをされる)の支持を受ける政党です。そして年金党は文字どおりに、年金問題をシングル・イシューとしてもっている政党です。労働党・メレツ・シャス・年金党あたりはみな連立入りの可能性が高いと見られているところですが、いずれももはや政治的争点をもたず、もっぱら「社会福祉」を売りにして票を得ていたようです。

 そうしたことと関連するというか、それと表裏なのですが、ロシア系移民の極右アヴィグドール・リーベルマンが党首を務めるイスラエル・ベイテヌ(我が家イスラエル)の大躍進が今回際立っています。リーベルマンは独特の反アラブ・反パレスチナ政策を掲げています( 「ある極右政党のトランスファー理論」 を参照のこと)。パレスチナ人の追放(トランスファー)を叫んでいるのですが、パレスチナからパレスチナ人を追い出してユダヤ人だけの「大イスラエル」を実現しようということではなく、人口の2割を占めるイスラエル国籍をもつアラブ系市民を現在のイスラエル国家からできるだけ締め出すために、アラブ人の村の多い地域を西岸の自治区に併合させて、逆に西岸にある主要ユダヤ人入植地をイスラエルに正式に併合して、それで国境画定をしようと言っているのです。つまり、土地交換によって、純粋なユダヤ人国家とアラブ人国家に分離することができるという、ある意味の「合理的主張」をしている。
 そのため、選挙前から「とんでもないレイシストだ」と方々から非難を浴びながらも、社会全体の右傾化=反アラブ化が甚だしいイスラエルにおいては、このレイシズム的見解が大衆的な支持を得てしまっているのです。そしてのみならず、こうした主張が、カディマの訴える「一方的国境画定」と呼応し、さらにはメレツのベイリンがかつて主張したジュネーヴ合意のなかの「土地交換による和平」にも呼応し、イスラエル・ベイテヌの連立入りの可能性が、選挙前も選挙後も堂々と議論されているのです。
 確実に国民の一部をなしている当のアラブ・パレスチナ人自身の「民意」などまったくお構いなしに、まさに一方的に彼らの地位・処遇を左右できると言って憚らないところが、そもそも「一方的撤退」論と親和性があると言えるかもしれません。パレスチナ自治政府との和平が選挙戦での議論にならないことと、さらにその「一方的撤退=分離切り捨て」の対照を自治区だけでなくイスラエル国内のアラブ系市民にまで広げていることが、同じ方向性で重なって見えます。

 今度の選挙、シャロン路線を再確認した以上に何も新しいことはなかったと思いますが、そのことが労働党とメレツの存在意義の喪失と、社会福祉系政党の健闘と、極右リーベルマンの躍進とによって、強く裏付けられたように思います。

【追記】第一党のカディマの議席数が予想以下で30にも達さなかったため、カディマ抜きの連立を模索するという奇妙な動きも報じられています。労働党を中心にペレツを首相候補とし、リクード、年金党、メレツの世俗政党と、シャス、国家宗教党・国家統一党連合とトーラー党の宗教政党でどうかと言うのです。とくに労働党の一部(党首はとりあえず否定していますが)と、国家宗教党・国家統一党連合が前向きのようです。労働党がカディマ以上に右翼の政党と連立する可能性が語られる時点で、労働党の無原則さがあからさまですが、この組み合わせの「最大公約数」は、「和平=治安問題はもう中心的争点ではないから(すでにシャロン路線で既定)、国内の社会政策を中心課題にしよう」という点です。ますます社会が内向きになっています。(4/3)