パレスチナ情報センター

スタッフ・ノート

2006.04.19

テルアヴィヴでの自爆に関する覚え書き

Posted by :早尾貴紀

 昨日18日にテルアヴィヴ南部で起きたパレスチナ人による自爆攻撃は、本人も含め10人の死者と、60人を超える負傷者を出しました(僕自身、2002年夏に同規模の被害を出した、ヘブライ大学構内のカフェテリアの爆破事件を目の前で見ていますので、それがどれくらい強力なものであったかは想像がつきます)。
 これに対して、オルメルト首相がただちに「報復攻撃」を宣言し、すでに西岸地区内ではイスラエルの軍事活動が強化されていますし(自爆直後から40人以上のパレスチナ人が一斉に拘束されています)、ガザ地区への空爆も続いています。折しも発足したばかりのハマス政権が「自爆は正当な自衛手段」とコメントを出したと報道で強調されていることも重なり、イスラエルはいっそう対ハマス政権で強硬姿勢に出ることが予想されます。もちろん、もともとイスラエルはハマスと交渉をするつもりなど毛頭なかったのですから、今度の自爆で何かが決定的に変わったなどということはありません。ただ、イスラエルの「ハマス政権は相手にしない」という一方的態度に、正当性を与えてしまったことは確かです。
 加えてその直前に、アメリカとEUと日本などによる、「ハマス政権だから」という理由でのパレスチナ支援停止措置がありました。パレスチナの民意を踏みにじる暴挙だと思いますが、しかし、それさえもこの自爆によって「やむなし」という風潮が出てくることが懸念されます。
 ともかく、今回の自爆攻撃で、微妙な局面にあるパレスチナ/イスラエル問題が、また「テロと報復の連鎖」「暴力の悪循環」という、非生産的な短絡した図式に収められ、大事な事柄が吹き飛ばされてしまうことが心配です。そこで、そうしうた傾向に少しでも抗うべく、いくつかのメモ書きを残しておくことにしました。

◆自爆の直前、ガザ地区へのイスラエル軍の攻撃は常軌を逸していた
 情報センターのHot Topicsの 「ガザの危機--一方的撤退の実相」 にもあるとおり、ガザ地区へのイスラエル軍の攻撃は、ここしばらく熾烈を極め、数日の間に20人の死者と、数十人の重軽傷者を出しました。そのほとんんどが武装組織とは無関係な民間人で、多くの子どもが含まれていました。こうしたイスラエル軍の政策が、パレスチナ人全体への攻撃ととられ、武装党派の復讐願望に火をつけ油を注いだことは否定できません。
 このあたりのことは、 「怒りのコラム、ギデオン・レヴィ」 でも指摘されているとおりです。このコラムは、自爆のあった一日前に書かれたものでしたが、こうなることが的確に予想されていたことがうかがえます。

◆イスラエルのパレスチナへの「集団懲罰」が自爆へと追い込んでいる
 イスラエル側への何らかの攻撃がパレスチナ側からあったときに、それを直接実行した当事者やその党派へ「報復攻撃」をするだけでなく、家族や親戚の家屋全体を破壊したり、あるいは近隣の一区画全体を砲撃したり、あるいは街全体を包囲攻撃にさらしたり、さらには占領地区全体を封鎖し通行を制限したり、といった「報復攻撃」を行ないますが、それは「集団懲罰」であると言われます。つまり、「テロ」とされる行為に一切関与していないパレスチナ市民が、ただパレスチナ人であるというだけで、「報復攻撃」を受け、甚大な被害を被るのです。
 そしてそのことについてイスラエル政府は、「巻き添えになった人がいるのは残念だが、それは避けえなかったことだ」と、それが見せしめ的な「集団懲罰」であることを否定しますが、人口密集地を空爆したり、あるいは街全体を封鎖するなどをしているわけですから、懲罰的な意図がないはずがありません。

◆世界もまたパレスチナに対し「集団懲罰」を加えている
 それだけでなく、いまパレスチナに対して世界がしていることも、ハマスを選挙で選んだパレスチナ人に対する「集団懲罰」そのものです。公正な選挙によって、現行政権が批判され、政権交代をした。そういう、あくまで民主主義が貫徹されたパレスチナ人の民意が、イスラエルだけでなくアメリカやEUや日本によっても否定されています。「ハマスが政権にいる以上は、交渉もしないし、支援もしない」という方針を取ることにより、パレスチナ経済をいっそう貧窮させています。ただでさえ高い失業率であったのに、さらには賃金の未払いも生じ、まさに将来の生活が見えなくなっています。
 確かにハマスがこれまで行なってきた自爆など、イスラエル市民に対する武力攻撃は批判されるべきでしょう。しかし同時に、ハマスが「停戦」を宣言し、そうした攻撃をこの一年以上行なっていないことも確認しておくべきことだと思います。そしてその間、イスラエル軍が暗殺作戦も含めてパレスチナ占領地での軍事行動を一切停止させていないということも。
 にもかかわらず、「ハマス政権を選んだからパレスチナ人は支援しない」というのは、ますますパレスチナを孤立させ、一部党派を自爆などへの破壊衝動へと追い込むことになります。公正な選挙をしたのに世界から不合理な「懲罰」を受けるのであれば、これ以上何をしろというのかと、極度の落胆を生み出すでしょうし、そのことがパレスチナ人を過激な手段へと走らせることになるのではないでしょうか。

◆こういうときだからこそ映画『パラダイス・ナウ』を
 とはいえ、将来への絶望があるから、あるいは復讐願望があるからといって、すぐに自爆攻撃がなされるわけではありませんし、それが正当化されるわけではありません。そうではなく、党派組織独特の組織的利害を優先させたロジックが見てとれます。とりわけ、ファタハ政権からハマス政権に移行したいまだからこそ、党派の力学バランスが変動し、党派的利害がより優先されていることが見えてしまいます。Hot Topicsにある 「ガザの混乱(ハマス対ファタハ)」 もご参照ください。
 まさにそのことを問題視したパレスチナ映画『パラダイス・ナウ』は、ますます重要になってくると思います。今年中にも日本でも公開をされる予定ですので、ぜひとも一人でも多くの方に観ていただければと思います。ちなみに、映画評 「『パラダイス・ナウ』の感想」 と、 ウリ・アヴネリ「『パラダイス・ナウ』と『ミュンヘン』」(ナブルス通信) を参照のこと。
 今度のテルアヴィヴでの自爆でも、実行犯はひじょうに若い20歳そこそこの少年でした。そして複数の武装組織から犯行声明が同時に出されています。そのことの意味をきちんと考える必要があると思います。