パレスチナ情報センター

スタッフ・ノート

2006.07.01

ハマス倒閣/リアルさの転倒

Posted by :早尾貴紀

 いまパレスチナで起きていること、つまりイスラエル軍によるガザ地区へのすさまじい爆撃で多数のパレスチナ人が殺されていること、そして一兵士の「拉致騒ぎ」に乗じてのイスラエル軍がガザに大侵攻を行ない市民生活を破壊していること、さらにはハマス議員らの大量拘束、などなど。こうしたことすべてをフォローしている余裕がありませんので、いまは一言だけ。(これらの事実経過については、 P-navi info の6月28日以降の記事を追っかけてください。 )

 とりわけ留意しなければならないことは、今度のガザ大侵攻の直前にハマスとファタハが(つまりハニヤ首相とアッバース大統領が)、二国家案を基本にした政策文書に基本合意をし、挙国一致内閣に改組する方針を固めていたことです。西岸地区とガザ地区にパレスチナ国家を作ることを受け入れるということは、事実上、現イスラエル領となった地域(いわゆる48年占領地)の奪還を断念するということであり、ひいてはイスラエル国家を承認するということを意味します。
 この合意をハマス発表したのが6月27日のこと。もちろん数日前から交渉経過も伝えられていました。そして28日からのガザ侵攻。即座に発電所などのインフラを破壊し、パレスチナ市民への集団懲罰を行ない、ハマスの幹部ら60人以上を拘束。この中には先日のパレスチナ議会選挙で当選し議員となった20人の議員が含まれているとのことです。

 市民への「集団懲罰」も、ハマスを選んだことが間違いだったと思わせるためのもの、つまり「ハマスを選んだことを呪え」/「今後ハマスを支持するな」というメッセージでしょう。まさに民族自決の権利の侵害であることは、あらために言うまでもありません。

 つまりイスラエルは、ハマスからの承認など要らないどころか、ハマスに承認などされると「困る」のです。入植地などの領土問題・境界交渉で与しやすいファタハと異なり、原則論を貫くハマスが影響力を行使する形でのパレスチナの挙国一致内閣は、「67年占領地(ガザ地区と東エルサレムを含む西岸地区)については1センチたりとも譲歩しない」と言うでしょう。これは国際社会から見て、正論であり常識のはずですが、イスラエル側からすると「交渉の余地なし」。
 不効率な小入植地をいくつか整理することを「撤去」とか「痛みを伴う妥協」と称して、主要入植地のイスラエル領への併合を「最低ライン」と考えるイスラエル政府にとって、67年占領地を分かつグリーンラインを「国境」とする二国家案など受け入れられない話です。それを交渉の最低ラインにしようとハマスが言い続けるかぎり、交渉のテーブルそのものを破壊するか、あるいは交渉相手を破壊するしかありません。
 イスラエル側の行動原理は、恐ろしいまでに一貫しています。

 もし「リアル・ポリティクス(現実政治)」というものがあるのなら。
 ハマスがこれまで一年以上にわたって遵守してきた停戦を今後も継続させた上で、国際社会がハマス内閣を認め、支援をし、イスラエルにもハマスにも交渉のテーブルにつけさせる。それこそが「国際社会」に求められた役割であったはずだと思いますし、難しいことではなかったでしょう。これは理想論ではなく、現実的(リアル)な水準での話です。
 ところが世界は、パレスチナ政府に対する支援を打ち切り兵糧攻めを選びました。そしてイスラエルは、停戦を守ろうとするハマスに対してこれでもかと武力挑発を繰り返しました。その挑発にのったほうも悪いでしょうけれども、そこまで追いつめたのは誰なのか。そして、パレスチナでは毎日のようにイスラエル軍がパレスチナ人の「容疑者・不審者」を「拉致」し長期にわたって「監禁」しているのに、そのことに対して国際社会は非難の声を挙げない。それに対して、一兵士の拉致に乗じてパレスチナ全土で破壊のかぎりをつくすイスラエルに「自衛権」を認め黙認するのか。
 ひとは訳知り顔でこちらのほうを「リアル・ポリティクス」だと言います。「リアル」という言葉がここまで倒錯してしまっている世界にいることを痛感します。いかにして「リアル」を取り戻すか?