パレスチナ情報センター

スタッフ・ノート

2006.08.02

あいだに取り残されたパレスチナ人――イスラエルのレバノン侵攻とヒズブッラーのイスラエル攻撃(追記あり)

Posted by :早尾貴紀

 7月13日(12日のイスラエル兵拉致事件の翌日)以降、レバノンのヒズブッラー(ヒズボラ)からイスラエル北部へのミサイル攻撃が激しく行なわれているが、日本など外国の一般メディアでは、その地域がイスラエルのなかでもパレスチナ人の最も多いガリラヤ地方が含まれていることを意識した報道は見られない。だが、ロケット弾は、その射程と精度の限界からか、無差別にパレスチナ人の村にも落ちてくるし、また、アッカやハイファといったパレスチナ人とユダヤ人の「混住都市」も狙われており、そこに住んでいるパレスチナ人ももちろん巻き込まれている。
 こうしてすでに、ヒズブッラーが発射したロケット弾によって、4人のイスラエル国籍のパレスチナ人が死亡し、パレスチナ人の負傷者は数十人にものぼっている。7月19日にはナザレで3歳と3歳の兄弟二人が死亡し、25日にはムガールで15歳の少女が死亡している。また、ハイファでは23日に、ガリラヤから店員として働きに来ていたパレスチナ人労働者が死亡した。


【8月4日追記:イスラエル軍によるレバノン攻撃・侵攻がいっそう激しくなるにつれて、ヒズブッラーもまたイスラエルへのロケット攻撃を強めている。3日にはイスラエル北部の港町アッカ(混住都市)やタルシーハ(アラブ人の村)で計8人が死亡。そのうちタルシーハで亡くなった3人は、イスラエル国籍のアラブ・パレスチナ人であった。】
【5日追記:4日には再びムガールで1人が、そしてその近くのパレスチナ人の村マジュダル・クルームで2人が死亡し、これで一連のヒズブッラーによる攻撃で殺されたパレスチナ人の数は10人となった。もちろんその10倍にも達する負傷者がいる。】
【6日追記:5日にはレバノン国境に近いパレスチナ人の村アラムシャーの民家にヒズブッラーのミサイルが直撃し、母親と二人の娘の3人が死亡。パレスチナ人の死者数は13人となった。戦闘中に死亡したイスラエル兵を除いた、ヒズブッラーのミサイル攻撃によるイスラエル人の死者数は27名であるため、そのうちの半数がイスラエル国籍のパレスチナ人であることになる。】


 奇しくも、最初の死者が出た日の前日(7月18日)のハアレツ紙には、「ヒズブッラーは爆弾の下にたくさんのアラブ人がいることを知らないのか」という記事が出されていた。ナザレの犠牲者は、その直後の、予想された死者であった。
 そしてその後、ヒズブッラーが、その事実を受けて、作戦を中止するなり変更するなりということはなく、ガリラヤ地方にミサイルの雨が降り続け、ユダヤ人だけでなく、アラブ・パレスチナ人に次々と死傷者を出しているのだ。

 もちろんイスラエル軍のレバノン市民への攻撃のほうが圧倒的に常軌を逸しており、短期間ですでに800人を超える死者(大半が民間人)を出し、市民生活のインフラを徹底破壊した軍事行動は、「拉致兵士の奪還」や「報復」などという次元を超えていることは誰の目にも明白だ。おそらくこの作戦には、別の「真意」が存在するだろうが、それはこの場では触れない。
 ここでは、アラブ・パレスチナ人がヒズブッラーのミサイルで殺傷されていることについて考えたい。

 イスラエルの北部は、広く「ガリラヤ地方」と呼ばれる地域が含まれており、そこには多くのパレスチナ人が、つまりイスラエル国籍のアラブ人国民が住んでいる。イスラエルの人口の2割がアラブ・パレスチナ人であるが、その大半がガリラヤ地方に住んでいる。
 ヒズブッラーの持っているミサイルの射程能力の限界によって、そのミサイルの多くがイスラエルの北部地域に着弾する。そしてユダヤ人の街が狙われはするが、これまたミサイルが標的を狙う精度の限界もあり、北部地域に広く存在するアラブ・パレスチナ人の村・町にミサイルが落ちる可能性がかなり高い。実際、マジュダル・クルーム村などパレスチナ人しか住んでいない村にもロケット弾は次々と落とされており、多くの負傷者を出している。
 また、今回の一連の攻撃では、ハイファという北部最大の都市も狙われているが、ハイファがアラブ人とユダヤ人の「混住都市」であることは知られており(圧倒的にユダヤ人が多いとはいえ)、ミサイルが人や家を選別できるはずもなく、ここでもアラブ・パレスチナ人に犠牲が出る可能性はすでに含まれていた。ハイファよりもさらに北にあるアッカもまた典型的にそうした都市だ。
 さらに、その他の「ユダヤ人の町」にもすべからく、労働者などとして少なからずのパレスチナ人が住んでいるか滞在しているのは当然のことであり、この点でもまた、ミサイルは人を選別できない。そして実際にハイファでは、働きに来ていたパレスチナ人労働者が犠牲になったのだ。
 仮にヒズブッラーがガリラヤを軽く飛び越えて、テルアヴィヴあたりまでミサイルを飛ばすことができるようになったとしても、何ら事態は変わらない。そのすぐ隣にはヤーファというパレスチナ人の町があるし、テルアヴィヴ市内・近郊ではたくさんのパレスチナ人が働いている。結局どこにミサイルを向けようとも、パレスチナ人が巻き込まれるリスクはぜったいになくならないのだ。
 いや、もちろん、ユダヤ人だからといって、民間人が標的とされ殺害されてはならない。これは、いかにイスラエルがレバノンを侵略しつづけてきた過去があろうとも、一般市民と兵士とは異なる以上、守られなければならない原則だ。もしイスラエルこそが民間人殺戮によってそれを破っていると非難するのであれば、なおさらだろう。

 こうしてヒズブッラーのミサイル攻撃は、さまざまな次元でその道義・大義を自ら崩壊させてしまっている。今回の一連の攻撃によるアラブ・パレスチナ人の死傷者の存在は、そのことを目に見える形で示したと言えよう。
 ミサイル攻撃は、精度のレベルではなく、最初から定義的に「無差別攻撃」なのであり、「イスラエル国内に住むパレスチナ人については顧慮しない」という「大同小異」的な、武力信奉に特有の姿勢が反映されている(もちろん攻撃の無差別性については、ガザやレバノンでの空爆で一般市民を虐殺しているイスラエル軍にも/にこそ、当てはまることだ)。
 ヒズブッラーに限らず、第二次インティファーダ以降、パレスチナの武装組織が西エルサレムやハイファで自爆を実行してきたが、しばしばイスラエル国籍のパレスチナ人、あるいはエルサレム籍のパレスチナ人をも巻き込んできた(死者だけでも十数人にのぼる)。そのときもだからといって自爆自粛の動きが見られたわけではない。
 ヒズブッラーにしても、イスラエル内のパレスチナ人への冷淡さというか無理解があるのは否定できないだろう。

 もう一つ、このレバノン侵攻で気になっていることがある。
 イスラエルとレバノンの国境を挟んで、その両側には、親戚一族が分断されているドルーズ(アラブ・ムスリムの一派)の村々がある。とくにレバノン側にある村がいまどうなってしまっているのか、ひじょうに気になるのだが、そうした情報はまったく入ってこない。
 今回、こうした事態が現実化してないだろうか、あるいはそれ以上に悲惨なことになっていないだろうか、たいへん心配である。

 イスラエルのレバノン攻撃による死傷者の発生については、もちろんひどい話であり、許し難い暴挙としか言いようがない。だが、マスコミ(とくに海外の)には出てこない、イスラエルとレバノンの「あいだ」に置かれたアラブ人たち(イスラエル国籍のパレスチナ人と、国境沿いのレバノン人ドルーズ)にも目を向けなければならないと思う。こうしたマイノリティに押し付けられる歪みにこそ、イスラエルのレイシズム的政策の構造的な問題が表れ出るのだから。

(念のため:上記文章は、イスラエル政府の対パレスチナ、対レバノン政策に根本的な問題があることと、しかしだからといって、ユダヤ人でも一般市民を狙った攻撃は許されないということは、大前提として書いています。)


【追記】
 射程を延ばしたヒズブッラーのミサイルは西岸地区最北部の町ジェニン近郊にまで着弾した。「ヒズブッラーによるジェニン空爆」などという皮肉な事態まで現実味を帯びてきた。こうなったとしてもなお、「イスラエルとの対峙」という「大義」の前で正当化されるのだろうか。