パレスチナ情報センター

スタッフ・ノート

2006.10.30

検問所にて、ある「子ども」のイスラエル兵と「大人」のパレスチナ人の対話

Posted by :早尾貴紀

 封鎖の厳しいナブルスと近郊のベイト・フリーク村とを結ぶ検問所(チェックポイント)でのこと。僕は石けん工場の主人といっしょにベイト・フリークからナブルス側に戻ろうとしていました。ここでは彼をMさんとしておきます。
 前回のノートで書いたように、ナブルスを囲む検問所は、鉄格子の回転扉がつけられ、ものものしい雰囲気を漂わせています。ナブルスから出るほうが厳しく、ナブルスに入る方向は、現在は比較的緩い。なので、入る方向では二人の兵士だけ。二人ともいかにも高卒の徴兵で来ている若者で、せいぜい20歳くらい。もちろん二人ともマシンガンを手にしていますが。
 そのうちの一人がだしぬけに、Mさんにくだらない質問をしてきました。
「お前は銃が好きか」(兵士)
「いや。君は好きなのか?」(M)
「好きだ」(兵士)
「なぜ?」(M)
「人を殺すのが好きなんだよ」(兵士)
 そう言って若い兵士は、Mさんに向けてマシンガンの銃口を向けてきました。もちろん撃つ気などなくて、悪ふざけでやっているのは明白なのですが、人を殺すことのできるホンモノの銃を向けられることも、それを見ることも、緊張を強いられることです。
 また、基本的に兵士が聞くことは、「どこから来た/どこへ行く/どこに住んでる/職業は何か」というくらいですが、それを超えた質問をしてきたのは、ひとつにはもちろん兵士の鬱憤ばらし。どう見ても楽しくはない任務。それどころかまともな神経を保ったまま延々と毎日毎日、人間を「非人間的に」扱い続ける。鬱屈するはずですし、精神的に異変をきたす兵士も多いと言われています。場合によっては、怒鳴る・殴るなどの凶暴性という形でそのストレスを発散する兵士もたくさんいますし、また、今回のような場合は、「意地の悪いおしゃべり」という形で発露したわけです。
 もう一つの事情として、Mさんがヘブライ語は分かるけれども自分が話すのは得意ではないこともあり、兵士とはつねに英語で応答をしているということがあります(これは、後に述べるように、Mさんなりの意図があってのこと)。多くの場合、兵士は「軍隊アラビア語」とでも言うべきカタコトのアラビア語を使ってパレスチナ人に質問をするか、あるいはヘブライ語のわかるパレスチナ人にはヘブライ語で応答を要求します。うえの一連の質問も、シンプルでカタコトのアラビア語で、「ミン・ウェーン・インテ?(どこから来た)/ウェーン・ライエ?(どこへ行く)/ウェーン・サーキン?(どこに住んでる)」っていう具合です。これ以上のやりとりをする語学力をもっている兵士は少ないし、アラビア語をそれ以上話す意志もないでしょう。
 ところが、相手が英語を話し、その兵士もたまたま英語が得意だったりすると、気晴らしにつまらない質問をしてくることがしばしばあります。今回のケースがそれです。Mさんが英語で返事をすると、上のようなやりとりが始まりました。続きはこうです。

「人を殺すって、誰を?」(M)
「武器を持っているパレスチナ人を撃つんだ」(兵士)
「君たちが武器を手にしてここにいるから、武器を持つパレスチナ人も出てくるんじゃないか?」(M)
「だからそいつらを殺すんだよ」(兵士)
「君は若い。パレスチナとイスラエルのことをまだ何も知らない。ここの関係は君が思っているよりも複雑だ。君たちが望もうと望むまいと、自分たちはここに生き続ける。君たちが望もうと望むまいと、アラブ人とユダヤ人は隣り合って生きていかなければならない。そうだろ?」(M)
「・・・ああ・・・」(兵士)
「ならば武器を持ってこんなところに立っているよりも、君たちは自分の国に帰るべきではないのか?」(M)
「・・・(無言)」(兵士)

 ちなみにMさんは40歳。兵士はおよそ20歳。検問所を抜けた後に、Mさんに、どうしてああいうやりとりをしたのか、何を考えていたのか、聞いてみました。彼はこういうことを言いました。
「兵士らは子どもだ。高校を卒業したばかりで何も知らない。そして、武器を持っていることで自分の力だと勘違いをしているけれども、本当は弱くて小さな存在だ。そのことを隠すために、虚勢を張って強がっている。だけれども、武器が通用しない相手だったら? 相手がきちんとした身なりで、きちんとした英語を使って、相手の目を見て話して、年齢が自分の父親くらいの年齢だと、まともな若い兵士は、自分の小ささに気がついて、横柄な態度をしなくなる。そうしたら、こっちの言うことに耳を貸すかもしれない。」
 これを聞いて僕はこう言いました。
「なんかマフスーム・ウォッチ(検問所監視団)みたいだね。あれも、兵士の母親たちが、自分の子どもたちが非道徳的・非人間的な振る舞いをすることが許せなくて、それで始まった運動だった。」
「ある意味で似ている。ついこのあいだは、ベイト・イーバの検問所(ナブルスから西側に出る検問所)から入るときに、ちょうど反対側から出てくる学生たち数人のグループを見た。兵士の一人がものすごい汚い言葉で学生たちを侮辱して、学生らを通そうとはしなかった。それを耳にして憤りを覚え、その兵士に近づいてこう言った、『いまの言葉は私に向けて言ったのか? 私を侮辱しているのか? 上官を呼べ。どういう指示を出しているのか聞きたい』と。もちろん兵士はまともに答えることができず、『いやそうじゃない。あなたに言っていたのではない。通っていい』と言う。そこで今度は、『じゃあ学生らを侮辱していたのか?』と聞くと、『いや・・・』と口ごもる。『じゃあ彼らも通っていいはずだ』。『ああ』」
「でも、もっと頭のおかしい兵士もたくさんいるでしょ。危険じゃない?」と聞くと、
「もちろん。本当に引き金を引きかねないほど荒れている兵士とは、最小限の応答しかしない。命が惜しいからね。」

 さて、ベイト・フリーク検問所でのやりとりには、最後にオチがあります。
 少し冷静になった若い兵士が言いました。
「お前は良い人間だな」
 Mさんが答えました。
「いや、そんなはずはない。もし私が良い人間なら、君は私を止めて尋問などしないはずだ」
 兵士は苦笑いをしてそれ以上は答えずに、手で「行け」と示唆して離れていきました。