パレスチナ情報センター

スタッフ・ノート

2006.12.30

ハマス対ファタハの内戦?ーー問題点の再整理(付記あり)

Posted by :早尾貴紀

ハマス対ファタハの内戦?ーー問題点の再整理

 11月にはもう何度目か分からない、ハマスとファタハによる連立内閣への協議が進められ、ほとんど合意に達しつつあるとさえ報じられた。だがそれも、最終的には「イスラエル国家の承認」をめぐって妥結点が見いだせず決裂した、という報道があった。
 そしてその直後から、再度両者の関係は悪化。主にガザ地区で衝突が激化し、12月だけで死者が約10人も出ている。さらには、日本の一般紙でも報じられているとおり、このタイミングで、イスラエル政府や諸外国のファタハ肩入れがこれみよがしに次々と行なわれ、「内戦」が煽られている。たとえば、イスラエル政府は、これまでパレスチナ自治政府に引き渡しを凍結していた代理徴収をした税金6億ドルのうち1億ドルを、パレスチナ自治政府にではなく、「ファタハのアッバース(大統領)」に渡すことにした。さらにアメリカ政府までが、ファタハへの資金援助を計画しているという(ファタハが敗れた前回選挙のときも、実際にアメリカからファタハへ資金が出されている)。そして今度は、エジプト政府がイスラエルを経由してファタハへ、2000丁もの機関銃や弾丸などを提供したと報じられている。

 こうした現状については、本当に忸怩たるものがある。ハマスが勝利した06年1月の選挙の直後からこうした動きは明確だったのであり、ここのスタッフ・ノートで繰り返し書いてきた。その同じ問題のまさに反復なのだ。
 また、Hot Topicsにここのスタッフが書いた、
ガザの混乱(ハマス対ファタハ?)/追記:党派組織について (4月11日)
も参照。

 イスラエルも世界も、パレスチナ人の「民意」を尊重していない。パレスチナ人たちは、「ユダヤ人入植地のイスラエル併合(恒久的領土化)」を含意したオスロ体制の13年間に対してノーを突きつけた。ハマスの宗教政策や自爆戦略を支持したのではない。占領と植民地主義にノーと言ったのであり、自己保身のために占領の一翼となることに甘んじたファタハ(PLO主流派)の「植民地当局」にノーと言ったのだ。
 ここにきて、アッバース大統領はこの内戦的混乱のさなか、対イスラエルと対国際社会との関係修復のためと称して「総選挙前倒し」を宣言したが、前回選挙から一年にも満たないタイミングでの「次回選挙前倒し」は、事実上、前回選挙結果を受け入れずやり直しをすると言っているに等しい。つまり、「敗北した結果が気に入らないから、もう一回やろう」と言っているのだ。もちろんこれは、民主的選挙どころかその正反対で、民主主義の否定にほかならない。ただただ混乱を引き起こすことになる。

 ハマスとファタハの連立を最終的に妨げたのは、「イスラエル国家の承認」だったとされる。93年のオスロ合意というのは、イスラエル政府とPLOとのあいだの、「ユダヤ人国家としてのイスラエルの承認」と「パレスチナの代表としてのPLOの承認」という相互承認であった。PLOに参加していないハマスの勝利、ハマス政権というのは、それを振り出しに戻すものだ。
 だが、だからと言ってパレスチナの世論が、「イスラエルなど存在を認めない(全土がパレスチナだ)」と言っているわけではない。これは議論を貶め、占領の問題を隠蔽するための悪意の短絡だ。そうではなく、入植地や検問所や分離壁によって土地を切り裂かれて、東エルサレムをイスラエルに奪われたままの状態で、なぜ一方的にイスラエルを承認しなければならないのか。少なくとも、一つ残らず入植地と検問所と壁を撤去し東エルサレムを返還することが確約されなければ、対等な「相互承認」などありえるはずがないではないか。パレスチナ人によるイスラエル承認の拒否は、こういう意味であろう。

 9月末のハアレツのある記者のコラムに、こういう記述があった。この記者、ダニー・ルービンシュタインは決して左派というわけではない。曰く、

 アラファトとPLOオスロ合意でイスラエルを承認して、見返りに何を得た? 苦難と不幸だけだ。経済封鎖と暗殺と家宅捜査と検問所は、イスラエルをテロから守るという名目で説明されている。だが、オスロ合意以降に西岸と東エルサレムで倍増した入植地と入植者の数はどう説明がつくのか?(中略)
 イスラエルは東エルサレム近郊や旧市街のムスリム地区や旧市街に隣接する村々でも入植地を建設・拡大し、アラブ人をエルサレムから次々と追放している。さらには、数万人もの入植者らが、エルサレム南部ベイタール入植地から東部マアレ・アドミーム入植地を経て北部ギヴァット・ゼエヴ入植地まで、密集した入植地ベルトでエルサレムのアラブ人を取り囲んでいる。このことが伝えるメッセージは明白だ。「エルサレムのどの場所にも、パレスチナ国家の首都をつくる余地などない」と。加えて、西岸地区内、北部(ナブルス近くの)アリエル入植地、中部ラマッラー近郊の入植地群、南部のグッシュ・エツィオーン拡大入植地群とヘブロン山入植地とを考え合わせれば、イスラエルの発するメッセージにあいまいさはない。「おまえたちパレスチナ人にはもはやチャンスなどない。おまえたちがイスラエルを承認し、その見返りに得たのは、おまえたちの民族的希望の一掃だった」と。こんな状況で、どうしてハマスがすでに結果のわかっている同じような承認など繰り返すだろうか?(9月26日ハアレツ紙)

 パレスチナ人でもなければ親パレスチナでもないユダヤ系イスラエル人の記者でさえ、明確に指摘している。イスラエルを承認しないハマスが問題なのでもなく、内戦が問題なのでもない。入植政策こそが問題なのだ。
 実のところ、現段階のハマス首脳の認識では、イスラエル・ユダヤ人を追い出せるなどという幻想などもってはいない。西岸地区の横にある、グリーンラインの向こう側にイスラエルが存在しているのは否定しようのない現実だ。承認しようとしまいと。そうであれば、「承認」することなどたやすいことだ。そうでもなく、問題は、「承認」が決して入植地の存続を含意しないこと、入植地容認ととられないようにすること、これこそがポイントなのだ。したがって、東エルサレムも含めて西岸から入植地を一つ残らず撤去するのでなければ、イスラエルの承認などできない、こう言っているのである。
 それを日本の大手メディアは単純化して、「まだイスラエルの存在という現実を受け入れられない宗教原理主義ハマス」として伝えている。しかし繰り返すが、ハマスとファタハとの連立内閣案の崩壊の原因とされる「イスラエル承認拒否」は、実は「入植地撤去」が争点なのだ。

【1月29日付記】
 1月25日からの4日間で、両派の激しい交戦による死者は27人を数えた。ハマスの選挙勝利以降、最悪の事態であるのはもちろんのことだ。
 そしてこれまでも繰り返し伝えているように、これはなんら新しい事態ではない。連立協議の妨害や、ファタハ組織へのイスラエルの武器供与などが背景にある。

【5月19日付記】