パレスチナ情報センター

スタッフ・ノート

2007.05.19

ガザ混乱――内紛/抗争なのか?

Posted by :早尾貴紀

 ガザ地区でのハマスとファタハによる「抗争/内紛」は、この数日だけで死者が50人にも到達しようとしている。同時にその一方で、イスラエル軍は、カッサム・ロケットがガザ地区からイスラエル側に打ち込まれたとして、陸軍・空軍の両方でガザのハマス組織を主な標的とした攻撃を行なっており、それによるパレスチナ人の死者は10数人に及ぶ(追記:その後の数日でさらにイスラエル軍によるガザ空爆が続き、市民も含めて30人以上が殺害されている)。「内紛」と「停戦崩壊」によって事態は深刻さと錯綜を極め、文字どおりの「カオス」となっている。
 こうした状況に対して、マスコミの報道は概して弱い。大手新聞では、「ハマス対ファタハ」という形での勢力争いによる「内紛」というニュアンスでしか描かれない。これまでも、「イスラエル対パレスチナ」という「紛争」図式でしか描けなかったわけだから、それも仕方のないことかもしれない。だが、そうした紛争図式では何ら説明にはなっていない。

 ここでは、いくつかの注目すべき論点を挙げておきたい。

1、「停戦崩壊」とは?
 そもそも「停戦」とは何かというところから考え直す必要がある。というのも、「停戦合意」というものは、紛争関係にある当事者双方が武力行使を停止する、ということを意味するのだが、イスラエル/パレスチナの場合、イスラエル側が軍事活動を「停止」したためしなどないのだから、事実上、「停戦」など最初から存在しない。「テロリスト掃討」の名目で、占領地での軍事活動は続き、それに付随して次から次へと無関係な一般市民が(しかも未成年や学童が)殺されていく現実。アミーラ・ハスはこうも言う、「1967年の占領から40年間、イスラエル側が攻撃を停止したことなど一度たりともない」。

2、抗争/内紛なのか?
 この事態は、ハマスとファタハが勢力争いのために内部抗争をしているということなのだろうか? そもそもどうしてハマスが昨年の選挙で政権に押し上げられたのかというところを忘れるべきではない。つまりは、ハマスが政権をとる以前はどうだったのか、ということでもあるのだが。
 それを考えたときに、アラファト大統領(マスコミ用語では議長)という偉大なリーダーの死去は大きな転換点であった。この独裁権力の「功罪」はともにひじょうに大きいものであった。パレスチナ解放闘争の象徴的・伝説的存在であったがため、党派利害を封じ込めてしまえるほどの存在感があった(批判があろうとも「パレスチナ」という抵抗主体がバラバラになることを抑えることができた)。だが他方で、ファタハ、とりわけその幹部や親族らによる権力、利権の独占。その維持を優先するがゆえの腐敗と、大義の蹂躙。
 イスラエルだけでなく、欧米を中心とした国際社会もまた、このアラファト独裁の構図を好都合なものとして利用しながら、「和平」を探っていったこともまた、この利権構造を強化するという悪循環をつくりだした。しかも、あまりにそれに依存し切っていたため、アラファトを失った後の混乱は、予想できても対処できなかった。
 ファタハ権力の腐敗に対する批判票が急にハマスを押し上げはしたが、当のハマス自身は政権担当の用意ができておらず、他方で、アラファトの後継をめぐって、世代対立・路線対立・利権対立などでファタハ内部が重層的な抗争状態にある。
 こうして見ると、「ハマス対ファタハ」の勢力争いがこの混乱の原因や背景などでもなければ、また、「ハマス対ファタハ」という二項対立図式で現在の情勢が正確に描けるわけでもないことがわかる。

3、イスラエルとアメリカのアッバース派支援
 これに対して、イスラエルとアメリカ、そしてその他国際社会は、アラファト独裁の構図を取り戻すべく、アッバース大統領を中心としたファタハ支配の再来に望みを託すことにしか「解決」を見いだすことができず、異様なまでにアッバースとファタハの武装組織に対する支援に走ってきた。各国政府は、民主的選挙で選ばれたハマス内閣を無視して、アッバース大統領に対する、つまりファタハという一党派に対する支援という形に切り替えて、資金援助を行なうようになった。
 もっとひどいのでは、2月にはイスラエルがパレスチナ自治政府に送金を凍結していた代理徴収租税を、ハマス内閣にではなく、アッバース大統領に渡したことや、4月にはアメリカ政府がファタハの武装組織に資金援助を行なったことが報じられている。
 そして、この「ハマス対ファタハ」の「抗争/内紛」という状況に対して、イスラエル政府は、ファタハ・アッバース側を支援する用意がある、という意向が伝えられた(5月16日ハアレツ紙)。これは、「テロとの闘い」への支援であるという。恐るべき倒錯したレトリックだ。
 実際、今週のイスラエル軍によるガザ侵攻・攻撃は、主としてハマス関係の施設に対して行なわれ、10数人が殺害されているが(追記:その後数日で、市民も含め犠牲者は30人を越えた)、この意図するところは、カッサム・ロケットへの報復という以上に、アッバース支援ということがあるだろう。占領軍が、従順な一党派による独裁的支配を取り戻すために、従順でない他の党派の人間を集団的に殺害するというのは、植民地武断統治の最たるものだと言っていい。

4、「再占領」しか解決はない?
 今週の抗争激化の以前から、もはやガザ地区への本格的侵攻・占領は不可避だ、という議論はあった。つまり、一昨年のイスラエル軍の「ガザ撤退」そのものを撤回して、ガザを占領下に置くことでしか、秩序を回復できない、という主張だ。
 だが、これまでも言われてきたように、ガザ地区の内部にイスラエル軍の基地を置かなくなったというだけのことで、イスラエルがガザを手放したことなど一度もなく、とりあえずガザ地区の内部に常駐することをやめ、外側から徹底的に包囲・監視・攻撃をするという支配スタイルに変更をした、というだけにすぎない。相変わらずガザは「巨大な監獄」のままなのである。
 そして、現在の混乱した状況に対する唯一の「解決」は、イスラエル軍をガザ内部に戻すことだ、という主張が強くなってきている。これもまた、とてつもなく倒錯したロジックだ。ガザ地区を監獄状態に置き、ファタハ独裁の再来を促すような歪(いびつ)な介入をしているがゆえに、パレスチナの民主的意思が踏みにじられ混乱に陥れられているというのに、これではあたかも、「パレスチナ人には自己統治能力に欠けるから、管理してやらなければならないのだ」と言わんばかりだ。

5、日本のメディアの問題
 そして問題は、日本の大手紙が、上記のような倒錯したロジックにそのまま乗って(そこまで言わなくとも、イスラエル的見方に無批判に)報道をしていることだ。まともな分析的記事など見つかりはしない。一般外国人が立ち入り禁止となって久しいガザ地区に、プレスカードをもって堂々と入っていける大手メディアの記者たちは、しかし、現実を目の前にして、目が曇っているか、思考停止に陥ってしまっているように思われる。
 ただ、最近目にしたなかで、ガザを訪問したジャーナリストのレポートが目を引いた。主として上記の第2点に関する内容である。ここで述べたよりももっと錯綜した党派事情について、現地取材に基づいて書かれている。田原牧「「内ゲバ」の深層」(『季刊軍縮地球市民』第8号2007年春)だ。一読を勧めたい。(同雑誌の紹介は ここ