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スタッフ・ノート

2007.10.11

書籍紹介:ルティ・ジョスコヴィッツ『私のなかの「ユダヤ人」』

Posted by :早尾貴紀

本の紹介:
ルティ・ジョスコヴィッツ『(増補新版)私のなかの「ユダヤ人」』
現代企画室、2007年8月刊行、1680円

 この本は、1982年に初版が刊行されてから、出版社を変えつつ、その度に増補をされつつ、今度で三度目の刊行になります。実に25年も読み継がれていることになるわけで、それだけでもこの本の貴重さが想像されます。
 タイトルからはユダヤ人論が連想されますが、しかし、それではここまで読み継がれていることの説明にはなりません。ぜひ手に取ってみてください。昔読まれた方は、装いも新たになった増補版で読みなおしてください。

 この本が提起していることは、拙文 「パペから学ぶ歴史認識と多文化共生」 とも大いに関連しています。ルティさんは、ご自身の国籍喪失体験と、日本の無国籍者の問題から書き始めて、また最後に無国籍の問題に言及して書き終えています。日本に移住して家庭生活を営み10年以上が過ぎてなお、「同化の程度が疑われる」として、国籍取得いわゆる帰化申請が却下されました。1981年のことでした。日本政府はまだ同化主義というおそるべきレイシズムを公然と掲げていたというわけです。
 しかも日本政府は重国籍を認めない立場から、帰化申請にあたって、ルティさんのもっていたフランス国籍を放棄することを求めていたため、申請が却下された時点で、ルティさんは無国籍状態に陥ったのです。ヨーロッパで「非国民」として迫害を受けたユダヤ人の両親をもつ子どもが、今度は日本で「非国民」扱いを受ける。なるほど、これは、ナチズムと同じレイシズムを現代日本社会がなおも共有していることの証左でしょう。

 この体験は、ルティさんに、大きく二つのことに目を向けさせました。一つには、さまざまな法的制約から日本で無国籍状態に置かれている数十万人もの人びとの存在へ。もう一つは、自分自身のアイデンティティ探究の旅へ。
 もちろんこの本の多くのページは、両親や祖先らの通ってきた過酷な迫害の歴史と、そしてイスラエルを批判する立場へ転じた自らの思索の軌跡に充てられています。しかしそれだけではなく、「国家とは?」「国民とは?」という普遍的な問いと、そして「イスラエルと同様に、血の繋がりによって単一民族を信じて疑わず、マイノリティ差別を続けている日本とはいったい何なのか?」と、読者に問いかけているように思います。
 そうした状況は、初版刊行から25年前を経た現在でも変わってはいません。だからこそ、この本は繰り返し読まれる価値があります。一人でも多くの人に読んでもらいたいと思います。