パレスチナ情報センター

スタッフ・ノート

2008.05.14

ガザ地区の「ホロコースト」

Posted by :早尾貴紀

 いまガザ地区で起きていることは、正真正銘の「ホロコースト」である。つまり、イスラエル軍によるパレスチナ人に対する「ホロコースト」である。もしそんなことを言ったならば、かなり乱暴な比喩だと思われるだろうし、場合によっては、こう非難を受けるかもしれない。「『ホロコースト』というのは、ユダヤ人虐殺についてだけ使うことのできる特別な言葉であって、それを他の民族、しかもよりによってイスラエル国家の行為について用いるなんて、言語道断である」、と。

 しかしながら、いま現在ガザ地区のパレスチナ人たちがおかれている状況は、間違いなく「民族虐殺」だし、二重三重の意味で「ホロコースト」的だ。
 また、このガザの閉域から出ることは重病人でさえままならず、医薬品の持ち込みも制限され、治療を受けられずに亡くなる人も次々と出ている。
 加えて、今年に入ってからは、食糧や燃料の搬入も厳しく制限されており、ガザ地区の日常生活は壊滅的な打撃を受けている。すぐにガソリンが欠乏し、一般車はおろかタクシーさえも走らなくなった。発電用の重油も不足し、電力もまかなえなくなった。電力不足は、病院の機器さえ停止させるにいたっている。さらに、毎日の主食であるパンを焼くためのガスもなくなり、パン屋が店じまいに追い込まれている。

 狭い空間に閉じ込められ、毎日、空爆と病気と飢餓に苦しめられ、バタバタと人が死んでいくという事態は、第二次大戦期にヨーロッパでユダヤ人がゲットーで経験したことと、どう違うというのだろうか?
 もちろん人によってはこう反論するだろう。「ナチスによるホロコーストでは600万人が計画的に虐殺されたが、ガザ地区では毎日数人から数十人が不慮の事故で死亡しているにすぎない」、と。
 だがそうだろうか。第一に、空爆による死者も、病気の治療が受けられないための死者も、イスラエル軍・政府によって「政策的に」生み出されている。今年に入ってからだけでも、その人数は数百人に達する。常識的に考えれば、意図的に数百人を殺すことを「虐殺」と呼ぶことには、なんら不合理なことではない。
 第二に、イスラエル政府はより長期的な視点に立って、ガザ地区を含むパレスチナ全体の弱体化を目指している。パレスチナに、他の国々のような主権と産業基盤をもった独立国家ができることは、阻止しようとする(この点、イスラエル国内にパレスチナ人を組み込むことは避けたいための「二国家解決」という建前と明らかに矛盾する)。ヨルダン川西岸地区の農業地帯や交通の要衝に入植地や分離壁を建設し、ガザ地区だけでなく、西岸地区をもいくつかの「ゲットー」に分断し囲い込もうとしているのだ。この「ゲットー化政策」を見ても、「ホロコースト」との類比は妥当性をもつ。
 第三に、昨年末からイスラエル軍はジャーナリストのガザ地区での取材を著しく制限している。04年からジャーナリストと一部のNGO関係者だけに立ち入りが制限されていたが、いまガザから流れてくるメディアの映像はもっぱらイスラエル軍に同行する従軍記者によるものだと、ハアレツ紙のギデオン・レヴィは指摘する。レヴィもアミーラ・ハスも、ずっとガザ入りを拒否されているという。意図的につくりだされた「密室」は、その内部でどんな酷いことをも可能にする土台となるだろう。イスラエル市民も海外のわれわれも、そこで何がおこなわれているのかを正確に知ることもできず、また、日頃の報道に接することがなければ関心が持続することもない。これもまた、ドイツ市民や世界がナチスのホロコーストを許したのと似てはいないだろうか。

 そうしたなかで、3月にイスラエルのヴィルナイ国防副大臣が、ガザ地区への軍事作戦に触れて、「ショアー(=「ホロコースト」のヘブライ語)になるだろう」と発言した。よりにもよって、イスラエルのユダヤ人が、自らの軍事作戦を指して、「ショアー(ホロコースト)」と言ったのである。
 ジャーナリスト、ジョナサン・クックによると、ヴィルナイは軍の将校を務めていた昨夏に、現在の「兵糧攻め」をバラク(当時)国防大臣に提案した当の人物であるという( The Meaning of Gaza's "Shoah" )。燃料や電力の供給を絶つことで、一般市民もろともハマスを弱体化させようという戦略だ。そしてその作戦は、国防副大臣となったヴィルナイ自身によって遂行され、しかも自らそれを「ショアー(ホロコースト)」だと発言した。
 さすがにこれについては、イスラエル国内にも「失言」をたしなめたり、あるいは、「『ホロコースト』の意味ではなく一般的な『破滅』程度の意味で用いた」などという擁護がなされたりもした。だが、これがただの失言や比喩ではないことは、クックの指摘からも明らかだ。
 クックは、ヴィルナイの野心のなかには、最終的にはパレスチナ人の大規模な追放があるのではないかと疑っている。