パレスチナ情報センター

スタッフ・ノート

2008.10.19

「平和と繁栄の回廊」構想の原則的批判の再確認――関連本の紹介も

Posted by :早尾貴紀

 このところ、日本政府のODA 「平和と繁栄の回廊」構想 について、「善意」だとか「有益さ」といった点から正当化したり、あるいは批判封じをしたりといったことを読んだり聞いたりする。

 たとえば9月2日付け産経新聞に、「パレスチナ和平願い 日本、地道な支援活動」という記事が出た。
 ODAの実施機関であるJICA(日本国際協力機構)の支援によって、ヨルダン川西岸地区エリコの内部に廃棄物処理場がつくられたことを好意的に紹介している。もちろんJICA関係者の自画自賛のコメント付きで。
(だが、この廃棄物処理場については、地元NGOから強い批判が出ている。 JICAのヨルダン渓谷開発提案に対する意見書 を参照。この「意見書」については、別の機会に論じる。)

 また同記事では、立命館大学の学生たちが、元政府役人で同大教授の岡本行夫氏の引率によってパレスチナを訪問し、上記のJICAプロジェクトを視察してきたことを伝えている。もちろん、岡本氏や学生らのJICA礼讃コメント付きで。
 さらに、立命館大学では10月末に、この岡本氏&学生らによる報告会も兼ねて、回廊構想推進シンポジウムが開催されるという。「元首相補佐官」の岡本氏が仲介することで政府が学生を利用しているのかもしれないが、大学が判断力と批判精神を欠如させて、問題の多いODAの正当化をするというのには、大きな危惧を覚える。

 こういった回廊構想をめぐる昨今の議論で気になるのは、「善意でおこなっている」とか「地元に利益をもたらすのであればいい」といったことが評価の基準となっており、そもそもODAとはなにか、どうあるべきでどうあってはならないのか、という、20年も30年も積み重ねられてきたODAについての批判的かつ建設的な議論の蓄積が、まったく無視されているという点だ。
 欠落していると感じられる論点を列挙しよう。
・ODAはその理念において、何をしていいのか/何をしてはならないのかという原則論(善意から利益をもたらすなら何をしてもいい、ってわけではない)
・大規模に支援をするなら政府対政府でするしかない、とされてきたことが、地元住民の声を無視し、結果として地元住民の利益にはならなかったという多くの事実
・1990年代、湾岸戦争以降、日本のODAが大きく変質し、(とりわけ対中東ODAについては)アメリカ主導の国際政治や軍事政策に密接に組み込まれてきたという事実
などだ。

 もちろん、回廊構想だって例外なく、このアメリカ主導の中東政策に組み込まれた日本の政治の産物であり、かつ「日本独自」を謳いたい「政治的野心」の産物だ。大きく言えば、イスラエルを含むアラブ地域の「ノーマライゼーション」によって、自由貿易の広域を生み出す、という目論見がアメリカにはあるし、日本には、ただのスポンサーとして使われるだけでなく、政治的に存在感を示したいという欲望がある。
 だからこそ回廊構想は、イスラエルを巻き込まざるをえないことになる。

 だが、先進国で占領者であるイスラエルがまさに占領者として関わることを前提として、ODAを出していいのか。そして、イスラエルとの関係を(地元パレスチナ人の声よりも!)重視するパレスチナ自治政府といっしょに事業をすることが、本当に地元利益になるのか。  こうした原則的から、回廊構想については、きとんとした批判はしなくてはならない。かりに善意であるかもしれないことを認めても(実際にはそうではないと私は考えるが)、また、地元雇用創出などの効果があるだろうことを認めても、だからといって批判を免れるはずはない。

   *   *   *

 そのとき、そもそもODAとはどうあるべきでどうあってはならないのか、これまでどのような問題を起こしてきて、どのような批判を受けて、どのような提起をされてきたのか、そういうことは最低限知らなくてはならないことだと思うし、もっと広く議論されるべきだと思う。
 なので、この場で、この問題を考えるうえで便利な本を挙げておく。

◆村井吉敬(編)『徹底検証ニッポンのODA』(コモンズ、2006年)
 比較的新しい情報やデータが入っているのと、とくに第4章、越田清和「「反テロ戦争下」の援助――軍事化する援助」は必読。

◆村井吉敬(編)『検証ニッポンのODA』(学陽書房、1992年)
 上記『徹底検証』の前身のリポート。とりわけ、東南アジア地域のODAが、地元の環境を破壊し、日本企業の利益誘導であったことなどに焦点が当てられている。

◆ロニー・ブローマン『人道援助、そのジレンマ――「国境なき医師団」の経験から』(高橋武智訳、産業図書、2000年)
 中立のはずの人道支援が、政治に利用されたり、無自覚に政治に荷担したりといったリスクについて論じる。

◆ブリギッテ・エルラー『死を招く援助――バングラデシュ開発援助紀行』(伊藤明子訳、亜紀書房、1987年)
 ドイツのバングラデシュ支援の例だが、日本にも当てはまるところが多いだろう。10年も開発支援に携わってきた著者が、内部告発し、開発支援の全面中止を訴える。

◆ラデック鯨井(原作)、本庄敬(漫画)『SEED』全10巻(集英社、1996-2002年)
 ODA的なゼネコンの開発と自然環境をテーマにした漫画。

 他にも大切な本があると思うが、網羅的に挙げることはできないので、ここまで。

【追記】
『徹底検証ニッポンのODA』については、 「 日本のODAとパレスチナ/イスラエル「開発」について考える」 (早尾貴紀:本のことなど)でも取り上げた。