パレスチナ情報センター

スタッフ・ノート

2018.01.06

「エルサレム」が照らし出すパレスチナ連帯の新たな政治力学〜日本の論調に抜け落ちている三つの論点

Posted by :役重善洋

トランプ大統領のエルサレム首都認定宣言については、日本でも、様々な識者やNGO、新聞の社説などが論じているが、もう一つ、問題の本質を捉え切れていないように感じる。産経、朝日、赤旗まで、トランプ発言を、パレスチナ問題の「二国家解決」を不可能にする、という理由で非難する論調一色なのは余りにも「日本的」である。ここでは、それらの議論の多くで抜け落ちている視点について3点指摘しておきたい。

■エルサレムに根付く宗派共生の伝統

まず一点目は、エルサレム問題が 1967年に占領されたいわゆる被占領パレスチナ(東エルサレムを含む西岸地区とガザ地区)の問題にとどまらず、欧米植民地主義の中核的要素としてのシオニズムそのものを問わざるを得ない歴史的背景をもっているということである。1947年の国連パレスチナ分割決議はパレスチナを三分割し、「ユダヤ国家」と「アラブ国家」とは別に、エルサレムとその周辺地域を「国際管理都市」とした。その背景には、オスマン帝国時代、キリスト教徒保護を名目とした欧米列強の利権扶植競争への対策として、エルサレムにおいては、諸宗派共生のための「現状(ステータス・クオー)」維持原則が厳しく適応されてきたという経緯があった。住民無視のパレスチナ分割を是認し、「ユダヤ国家イスラエル」の建国を承認した「国際社会」であっても、その首都をエルサレムとすることを簡単には認めることができないのは、現在まで続くこの「現状」維持原則があるからである。エルサレムという町自体が、そのモザイク的多様性ゆえに、外部からの宗教的象徴化と政治介入に翻弄されながらも、それがゆえに宗派的・民族的分断――すなわちシオニズムそのもの――を拒否する歴史的性格を付与されてきたことに注目する必要がある。トランプ発言は、宗派別の領域主権国家を単位として成立したヨーロッパの国民国家システムを無意識の絶対基準として、宗派共存を前提としたイスラーム社会を暴力的に否定する、「ジェンタイル(非ユダヤ人)・シオニスト」によるイスラーム敵視の典型的パターンを示すものである。レバノンのヒズブッラー最高指導者ハサン・ナスルッラーが、トランプ発言を第二のバルフォア宣言であると述べたことは、極めてまっとうな歴史認識だといわなければならない。

■米・イスラエル・サウジアラビアの稚拙な軍事外交

二点目は、今になってエルサレム問題が浮上してきた背景として、宗教右派勢力によるイスラエル政治の掌握と、彼らが主導する急進的なエルサレムの「ユダヤ化」の動きに対する歯止めになり得るはずのアラブ・イスラーム諸国におけるイラン・サウジアラビア対立の波及による分断状況があるということである。対パレスチナ・ドナー国であり、また、シリア難民受入/支援国でもあるEU主要国は、イスラエルの右傾化による地域の不安定化に警戒を強め、非同盟諸国やイスラーム諸国とともに、入植政策やエルサレムの「ユダヤ化」政策に対し、厳しい姿勢を明確にするようになってきている。入植地関連企業のデータベース作成など、国連における新たな動きの背景には、BDS(ボイコット・資本引揚げ・制裁)運動の拡がりを含めた国際世論の風向きの変化がある。リクード党政権は、現実にはパレスチナ人を完全に軍事制圧し、「何でもできる」状態であるにも関わらず、入植地建設やエルサレムの「現状」変更に対して「外部」からいちいち大きな圧力がかかることは理不尽であると捉えている。トランプ政権がシオニストであるジャレッド・クシュナーを大統領上級顧問に起用したことと、シリア内戦を契機とした、スンニ派アラブを中心とした反イラン感情の急速な拡がりは、こうした状況を転換する千載一遇のチャンスと受け止められているのである。汚職疑惑等、国内の政権批判を逸らすことがエルサレム首都認定の理由だとの分析もあるが、それは一面的な分析といえる。ネタニヤフが、ラスヴェガスの「カジノ王」シェルドン・アデルソンが所有する、イスラエルで最大部数を誇る無料御用新聞『イスラエル・ハヨム』を規制する法律を通す代わりに政権批判の姿勢を弱めるよう、『イェディオット・アハロノット』紙に交渉をもちかけていた問題にせよ、トランプの娘婿ジャレッド・クシュナーらが大統領選および政権移行期間にロシアと政治接触をし、国連安保理の「反入植地決議」に反対するよう働きかけていた疑惑にせよ、根底には、上述したような情勢認識を共有するアメリカのシオニスト政財界人とイスラエル右派政権との癒着の問題を無視することはできない。

そして、アメリカとイスラエルの右派政権が重点的に働きかけているのが、イランを共通敵とするサウジアラビアである。同国は、シリア内戦で優位を固めたイラン=アサド政権に対抗するかたちで、イエメン空爆、カタール断交、レバノン内政介入といった地域内政治介入を休む間もなく行っている。11月上旬、首都リヤードにおける突然のハリーリー・レバノン首相の辞任表明および政府閣僚を含む多数要人の逮捕といった異常事態の中、アッバース自治政府大統領は、ムハンマド・ビン・サルマーン皇太子に呼び出され、ハマースとの和解を中止し、トランプ政権の新たな「中東和平プラン」に従うか、自治政府大統領を辞任するかの二者択一を迫られたという。その「新中東和平プラン」は、かつて2002年のサウジ和平案で目指された1967年の休戦ラインに基づく独立パレスチナ国家という原則を放棄し、入植地に囲まれた飛び地状態のままでの名目上の「独立」をパレスチナ人に与えようというものであった。イラン包囲の失敗で追い詰められたサウジ皇太子は、もはや有名無実となった「アラブの大義」さえをもネオコンに売り払おうとしたのである。今回のエルサレム首都認定宣言は、政治的綱渡り状態にある、イスラエル・アメリカ・サウジアラビアのポピュリスト指導者が目論む、イラン・シリア・ヒズブッラーに対抗するためのアラブ=イスラエル関係正常化への布石としての意味を持つはずものであったが、そうした一連の場当たり的努力の破綻を決定付ける契機にもなり得るであろう。

■アパルトヘイト国家イスラエルの現実とBDS運動の拡がり

三点目は、イスラエルによる継続的な入植地建設によって、東エルサレムを含む西岸地区にはすでに約70万人の入植者が住んでおり、事実上独立パレスチナ国家をガザ地区と西岸地区に建設することはもはや不可能な状況が作られているということである。こうした現実を変革するための政治力学の変化を、パレスチナ(人)分断を前提とする「二国家解決」の枠組みによってもたらそうとすることは、客観的に見て時間の無駄である。トランプの演説後、ネタニヤフ首相は、「パレスチナ人はエルサレムの現実に向き合うべきだ」と述べたが、エルサレムの現実が映し出すのは、宗派・民族共生の歴史を破壊し続けるアパルトヘイト体制の醜い姿である。二国家解決案は今後も様々なかたちで蒸し返されるはずであるが、それは、現実的には、アパルトヘイト体制としての「1.5国家」解決にしか貢献し得ないだろう。もちろん、一国家解決を通じた和平がすぐ手の届くところにあるわけではない。重要なことは、分断を拒否する民衆の連帯とそのための言葉と思想を具体的な行動の中で取り戻すことである。エルサレムの積極的な意味での象徴性はそこにこそ見出されるべきである。トランプ大統領によるエルサレム首都認定は、世界中のムスリムだけでなく、キリスト教組織やユダヤ教組織による抗議を引き起こしており、日本国内でも、「北海道パレスチナ医療奉仕団」による情宣活動(12月13日)が札幌で行われたほか、在日ムスリム呼びかけにより、東京(12月15日)、大阪、福岡(いずれも12月17日)でも抗議行動が行われ、非ムスリムの日本の市民も積極的に参画した。在日ムスリムのネットワークが日本の市民社会と協働するかたちで広く社会的発信を行ったことはこれまでにない新たな動向として注目される。

こうした国境・宗派を超えた草の根の連帯は、すでに国際的なBDS運動においても実践されている。今年3月には国連西アジア経済社会委員会( ESCWA)が、イスラエルの対パレスチナ人政策を、被占領地だけでなく、イスラエル国内のパレスチナ人への差別および離散パレスチナ難民の帰還権拒否を含めた総体的なアパルトヘイト体制であると捉える報告書を発表した。「イスラエルはアパルトヘイト犯罪を構成する政策および行動に関して有罪である」、「各国政府はボイコット、資本引揚げ、制裁を求める活動を支持し、それらの呼びかけに積極的に応じるべきである」と明確に述べるこの報告書は、発表直後にイスラエルとアメリカの圧力を受けたグテレス国連事務総長によって取り下げられてしまったが、そこには、国際的なパレスチナ連帯運動が生み出しつつある新たな政治力学と認識枠組みが確実に表現されている。

【参考】 声明:トランプ大統領のエルサレム首都認定を弾劾する

(本稿は、 『思想運動』 2018年1月1・15日号に掲載された記事に修正・加筆を加えたものです)